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[#32584] Re:精神科医とは、こんなにもいい加減で、恣意的で、デタラメなものなのか?
 ネーブル メール  - 09/12/21(月) 23:36 -

引用なし
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   debussywebernさんへ

こんにちは、定型・女性です。
医療関係の友人、知人と会話していて医者の権威について「一番はなんといっても外科でしょ。次が内科かな」と言うのです。「・・・で、一番下が精神科」

これは私の仲間内での会話なので何の根拠もありません。
でも・・なんでこういう説があるかというと「外科は手術の結果や実績が一番解りやすいし、技術・検査の向上や精度が飛躍的に伸びて学会でも認められやすい」からだと言うのです。
つまり「精神科や心療内科は、治療結果があいまいで、実績が掴みにくいから評価されにくい」というのです。

それほど精神科は、医者個人の勘やセンスに頼る部分が多い分野だということではないでしょうか。

インフルエンザも「新型」が出れば、それほど時間を置かずに新型対応の薬が開発されます。
外科分野においても、リハビリの技術が急速に向上し、機能回復が短期間で叶えられるようになりました。

それに対して、精神科や心療内科では、様々な「薬の改良」はありますが投薬や注射などの治療で「完治した」「改善された」という実績が実にあいまいだと思います。
ことに発達障害においては医者が「様々なタイプの人」と接しなければ、自分の中で統計や勘が得られないので、既存のデータや医学学習だけに頼ると勘違いや間違うことが多いと思います。

骨折も血糖値も病原菌も血管も内蔵も・・様子と数値で目で確認できるものは、早期に確実性を持って発見され治療方法が確立されますが、目に見えない障害や病気は、医学の進度を阻むのでしょう。

誤診された側の憤りやショックに、早く精神医学の進歩が追いついて欲しいと思います。


>『一般精神科医general psychiatristの発達障害の知識と診断技術について』
>
>2009年9月30日(水)〜10月2日(金)
>国立京都国際会館で開催された「第50回日本児童青年精神医学会総会」の
>9月30日(水)14時10分〜17時の教育症例検討
>「当初破瓜型統合失調症を、次いで初期統合失調症を疑い、最終的にはアスペルガー症候群を疑うに至った1例」
>に於いて、演者の東京大学医学部准教授、中安信夫(大変著名な精神科医で「初期統合失調症」という臨床単位の提唱者で、かの宮崎勤の精神鑑定も務めた)は、自らの誤診例について赤裸々に語ったのだが(誤診を包み隠さずに公表するという事自体は、保身ばかり考えている医師の中にあっては大変高く評価出来るが)、精神科に於ける診断と治療いうものが、こんなにもいい加減で、恣意的で、デタラメなものなのかと改めてショックを受けた。
>
>結局、中安が、患者が呈する精神症状に対して、その原因を、ああでもない、こうでもないと、恰も哲学の命題を考えるように、仮設を立てて、辻褄が合うように机上で論証しているに過ぎないのだ。
>他の医師に意見や助けを求めることもなく・・・
>
>身体疾患の診断に於ける様なbiological markerを持たない精神科診断では、これが普通なのだろうか?
>これが精神病理学というものなのだろうか?
>哲学者や非臨床の心理学者なら、これでも許されよう!
>
>しかし、生身の患者の立場からすれば、こんなモルモットみたいな事をやられて、しかも誤診に基づいて、副作用のある薬物を投与されたら、たまったものではあるまい。
>
>日本における精神医学の権威と目されている中安信夫ですらこうなのだから、一般の他の精神科医はどうなのかと考えると空恐ろしくなる・・・
>
>中安に限らず、そもそも成人を対象としている精神科医は、発達障害等の児童精神医学の知識も経験も欠落しているし、生育歴の聴取という事もしっかりとなされていないし(本来、ヒトは生まれてから死ぬまで連続的な存在なのが当たり前なので生育歴を無視できるはずはないのだが)、他の医師にセカンドオピニオンを求める事もしていない。
>
>これが宮崎勤のように一般社会の耳目を集めた連続殺人犯の裁判の為の大がかりな精神鑑定を行うといったケースなら、中安も、児童精神科医の栗田広の意見を求めたようなのだが、通常の臨床に於いてはそこまできっちりとはやらないようなのだ。
>
>そして、最初は破瓜型統合失調症、次に初期統合失調症という誤診に基づいて、スルピリド(中安によれば初期統合失調症のfirst-line drug)50mg+抗パ剤の投与を、初期投与に於いて患者の行動に劇的な改善が認められたというだけの理由で、確たるエビデンスもないまま、何年にも亘ってただ漫然と続けていただけである。
>
>講演後、フロアから質問に立った児童精神科医の杉山登志郎も、これにはかなりショックを受けたようで、
>日頃、発達障害を診ている児童精神科医だと5分でアスペルガー症候群と診断可能なケースだと述べ、
>「同じ東大には発達障害の専門家の金生由紀子もいたのに、なぜセカンドオピニオンを求めようしなかったのか? 東大では、医師の間での、横の連携はないのか?」(完全に同じではないが、これに近い表現)と驚きを隠せないでいた。
>
>もし、中安が初期の段階で、同僚の金生由紀子とか、渡辺慶一郎とかの発達障害の専門家に意見を求めていたならば、もっと早くアスペルガーの診断がつき、患者にとっての不利益も回避する事が出来たのではなかったのか?
>
>そう言えば、東大精神科は長らく、外来と病棟が対立するといった奇妙な状態が長年続いていたのだが、1994年に、松下正明が解消、統合して、もっと風通しの良いものになったのではないのか?
>
>それとも、自分の患者は、誤診だろうが何だろうが、意地でも最後まで自分が引き受けて、他の医師の意見を聞くとか、診察を受けさすとかいうことなど沽券にかかわるとして、考えも及ばないほど、医師の世界は、縦割りで硬直しているのだろうか?
>
>今現在でも、アスペルガーや高機能自閉症の発達障害なのに、統合失調症や境界性人格障害と誤診されてまま、抗精神病薬の投与を漫然と続けられ、副作用で人生を無駄にしている患者が、それこそ、この日本の精神科にどれくらいいるのだろうか?
>
>一般の精神科の診断と治療というのは、かくもいい加減で、医師個人の恣意的で狭隘な判断に基づいたデタラメなものなのか?
>
>あと、抗精神病薬という錐体外路症状のような危険な副作用のリスクが伴う薬を、こうもたやすく投与する(それも、誤診に基づいて投与するのだから、立派な人権侵害で犯罪に近いのではあるまいか?)のが、現在の精神科の常識なのか?(当然、製薬会社からの見返りといった暗黒面も存在しているに違いない)
>
>そこで、皆さんの、精神科の診断と治療に関しての、忌憚のないご意見をお聞かせ下さい。
>
>異論、反論、批判等、どんなご意見でも、どうか遠慮なさらずにお気軽にお書き込み下さい。
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[#32583] 慰めですよね・・・?
 三柴  - 09/12/21(月) 18:01 -

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   ▼うさママさん:
>>リアルでもアスペルガーの方には散々胸がムカムカする思いを
>>させられ二度と関わりたくないと思い知らされましたが、
>>ネット上でも同様の感想を持ちました。
>
>付き合う相手は自分で選べますから、どうぞ賢い選択をなさってください。

これは嫌味なのかしら。私にはあまりにも遠回しな表現は解りません。
が…この次の、
>私はリアル世界で常にムカムカさせられる子供と付き合い続ける覚悟です。
>ムカムカしますが愛していますので。

本当はムカムカしない健常児のお子さんが欲しかったのでしょう?
三つ組の障害のない子供なら時にはむかっ腹が立つこともあれど
終始ムカムカすることはないでしょう。
望んで「ムカムカさせられる子供」を産んだのですか?

私は嫌味で聞いてるのではないのです。
自閉児の親御さんのきれいごとにウンザリしているんです。
「私はこの子を産む運命だった」とかね…

そんな寒々しい戯言(としか私には思えないのですが)を言って
自分を慰める親の姿。
人の勝手ではあるんですけどね。
まぁ、自閉児の親御さんも「こっち側」の方が大多数なので
本当に愛せることもあるのでしょうけど。

本気で愛しているのですか?
慰めではないのですか?
SF的な現実離れしてしまう話になってしまいますが、
遺伝子操作で自閉症児を産まなくて済むほど医学が発達した世の中
だとしたら、今のままのお子さんを産む選択をされますか?

質問攻めですみません。
一度聞いてみたかったもので…スルーしてくださっても構いません。
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[#32582] Re:アスペルガーやADHDの「障害は個性である」は本当なのか?
 ひょっこり  - 09/12/21(月) 14:22 -

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   ▼debussywebernさん:
はじめまして ASの息子を持つ母です。
個性であって欲しいし、個性にして欲しい・・と思ってます。

生活に支障をきたし、二次障害でも苦しんだ経験や
そのせいで身体を壊したりもしていて、まだ格闘中の彼。
自分が嫌いで、暴力的、自暴自棄的な頃の彼を見る限り、
個性なんて言えるもでは、どこにもありませんでした。
けれど、今の彼は「ASである自分が好き」と言います。
治らないかもしれない後遺症とも付き合って行く苦しさは、
あの頃と変わらない。けれど、穏やかになりました。

元々 実直で真面目な息子。
話し方も どん臭いところがありますが、
穏やかになった分、「変だけどいい人」と見てくれるようです。
年上の方で、尚且つキャパが広い方などは
「不器用だね。でも真面目だね」と言ってくれたりして、
やっと、自分が自分であることに自信が出てきたようです。

生活に困る点では、障害です。
でも、個性は育てられるもの・・だとすれば、個性になり得ると考えます。
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[#32581] Re:精神科医とは、こんなにもいい加減で、恣意的で、デタラメなものなのか?
 ちゃっぴ〜  - 09/12/21(月) 12:46 -

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   こんにちは。私ももう4年ぐらい病院に通って先生は4人、
発達障害者支援センターにも通って薬について考えています。
センターで自分の2次障害にかかった時の症状とか検査の結果、
飲んでる薬から統合失調症にもかかっていたと言われ、今の先生
に聞いてみたんですが、そのような診断は渡した資料では分からない、
薬が統合失調症の患者にも処方するのでそう思われたのでは?との
ことでした。ASという診断も確かに大切ですが、実際の障害を抑える
上での処方があるのでは?と思いました。

まあ、テレビで施設の人に処方する精神科医がいましたが、その人は
問診をせずに定期的に薬を出していて問題になり、インタビューに対して
「精神科医とはそういうもの」と言っていたのにはあきれましたが。
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[#32580] 精神科医とは、こんなにもいい加減で、恣意的で、デタラメなものなのか?
 debussywebern メール  - 09/12/21(月) 12:37 -

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   『一般精神科医general psychiatristの発達障害の知識と診断技術について』

2009年9月30日(水)〜10月2日(金)
国立京都国際会館で開催された「第50回日本児童青年精神医学会総会」の
9月30日(水)14時10分〜17時の教育症例検討
「当初破瓜型統合失調症を、次いで初期統合失調症を疑い、最終的にはアスペルガー症候群を疑うに至った1例」
に於いて、演者の東京大学医学部准教授、中安信夫(大変著名な精神科医で「初期統合失調症」という臨床単位の提唱者で、かの宮崎勤の精神鑑定も務めた)は、自らの誤診例について赤裸々に語ったのだが(誤診を包み隠さずに公表するという事自体は、保身ばかり考えている医師の中にあっては大変高く評価出来るが)、精神科に於ける診断と治療いうものが、こんなにもいい加減で、恣意的で、デタラメなものなのかと改めてショックを受けた。

結局、中安が、患者が呈する精神症状に対して、その原因を、ああでもない、こうでもないと、恰も哲学の命題を考えるように、仮設を立てて、辻褄が合うように机上で論証しているに過ぎないのだ。
他の医師に意見や助けを求めることもなく・・・

身体疾患の診断に於ける様なbiological markerを持たない精神科診断では、これが普通なのだろうか?
これが精神病理学というものなのだろうか?
哲学者や非臨床の心理学者なら、これでも許されよう!

しかし、生身の患者の立場からすれば、こんなモルモットみたいな事をやられて、しかも誤診に基づいて、副作用のある薬物を投与されたら、たまったものではあるまい。

日本における精神医学の権威と目されている中安信夫ですらこうなのだから、一般の他の精神科医はどうなのかと考えると空恐ろしくなる・・・

中安に限らず、そもそも成人を対象としている精神科医は、発達障害等の児童精神医学の知識も経験も欠落しているし、生育歴の聴取という事もしっかりとなされていないし(本来、ヒトは生まれてから死ぬまで連続的な存在なのが当たり前なので生育歴を無視できるはずはないのだが)、他の医師にセカンドオピニオンを求める事もしていない。

これが宮崎勤のように一般社会の耳目を集めた連続殺人犯の裁判の為の大がかりな精神鑑定を行うといったケースなら、中安も、児童精神科医の栗田広の意見を求めたようなのだが、通常の臨床に於いてはそこまできっちりとはやらないようなのだ。

そして、最初は破瓜型統合失調症、次に初期統合失調症という誤診に基づいて、スルピリド(中安によれば初期統合失調症のfirst-line drug)50mg+抗パ剤の投与を、初期投与に於いて患者の行動に劇的な改善が認められたというだけの理由で、確たるエビデンスもないまま、何年にも亘ってただ漫然と続けていただけである。

講演後、フロアから質問に立った児童精神科医の杉山登志郎も、これにはかなりショックを受けたようで、
日頃、発達障害を診ている児童精神科医だと5分でアスペルガー症候群と診断可能なケースだと述べ、
「同じ東大には発達障害の専門家の金生由紀子もいたのに、なぜセカンドオピニオンを求めようしなかったのか? 東大では、医師の間での、横の連携はないのか?」(完全に同じではないが、これに近い表現)と驚きを隠せないでいた。

もし、中安が初期の段階で、同僚の金生由紀子とか、渡辺慶一郎とかの発達障害の専門家に意見を求めていたならば、もっと早くアスペルガーの診断がつき、患者にとっての不利益も回避する事が出来たのではなかったのか?

そう言えば、東大精神科は長らく、外来と病棟が対立するといった奇妙な状態が長年続いていたのだが、1994年に、松下正明が解消、統合して、もっと風通しの良いものになったのではないのか?

それとも、自分の患者は、誤診だろうが何だろうが、意地でも最後まで自分が引き受けて、他の医師の意見を聞くとか、診察を受けさすとかいうことなど沽券にかかわるとして、考えも及ばないほど、医師の世界は、縦割りで硬直しているのだろうか?

今現在でも、アスペルガーや高機能自閉症の発達障害なのに、統合失調症や境界性人格障害と誤診されてまま、抗精神病薬の投与を漫然と続けられ、副作用で人生を無駄にしている患者が、それこそ、この日本の精神科にどれくらいいるのだろうか?

一般の精神科の診断と治療というのは、かくもいい加減で、医師個人の恣意的で狭隘な判断に基づいたデタラメなものなのか?

あと、抗精神病薬という錐体外路症状のような危険な副作用のリスクが伴う薬を、こうもたやすく投与する(それも、誤診に基づいて投与するのだから、立派な人権侵害で犯罪に近いのではあるまいか?)のが、現在の精神科の常識なのか?(当然、製薬会社からの見返りといった暗黒面も存在しているに違いない)

そこで、皆さんの、精神科の診断と治療に関しての、忌憚のないご意見をお聞かせ下さい。

異論、反論、批判等、どんなご意見でも、どうか遠慮なさらずにお気軽にお書き込み下さい。
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[#32579] Re:アスペルガーやADHDの「障害は個性である」は本当なのか?
 ネーブル メール  - 09/12/21(月) 8:44 -

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   debussywebernさんへ

初めまして。定型・女性です。
私は日頃、アスペルガーやADHDの友人、知人と接していて
徹さんの「周囲からの印象や判断に寄る」というご意見と、白胡椒さんの「全体のバランスにより印象が変わる」というご意見に共感します。

可愛い我が子が障害を持っている親は「個性としてとらえて欲しい」と思うことも多いでしょうし、障害を受容し日々努力や工夫をしている人に対して「個性としてとらえよう」という周囲の好意が生まれることもあります。
コミュニケーションには難ありでも、職場や周囲に貢献できる能力を持っていれば、職人肌や天才肌として「ちょっと変ってるタイプの人」と見られることもあると思います。

私は専門医に「周囲に障害ではないと誤解される障害。本人に自覚が出来にくい障害・・なので本人も周囲も気づかぬうちに人生のピンチに陥ることがある・・・だからこそ周囲の理解と通訳が必要な障害」と説明を受けました。

友人の1人で、会話する度に「この人、絶対アスペルガー」と感じる人が居ました。本人も「自分はアスペルガーだと思う」と検査や受診を重ねましたが、どれも結果はど真ん中の定型範疇でした。
定型者はその障害に似た多種のグレーゾーンを持ちながら、他の機能のカバーやバランスで、困ったら適時にSOSを出せたり、他者の困り具合を察して言葉や行動で助けてあげたりして、適時適応なコミュニケーションを維持しながら生活しているもの・・とすれば、それが困難な障害を「個性」と勘違いすることは、障害を持つその人に逆偏見を持つことになるのではと思います。

「障害は個性である」という言葉は、その障害を知り抜き、支援や交流や同居での苦労や疲弊を乗り越えて達観した人が発してこそ説得力がある言葉だと思います。


>アスペルガー症候群やADHD等、精神遅滞を伴わない発達障害について「障害は個性である」という主張がある。
>
>はたして、本当にそうなのだろうか?
>
>例えば、アスペルガーやADHDと同じ意味に於いて、ダウン症や小児麻痺や血友病も個性と言えるのだろうか?
>
>発達障害が、遺伝性の脳の中枢神経系の機能障害とするならば、それらの疾患は歴とした障害であり、個性等とは到底言えないのではないか?
>
>それらの疾患の症状が個性ならば、治療など必要ないし、そもそも病院や医師とは無縁のものだろう。
>
>最近、芸術家や科学者でエキセントリックな人達を、誰でも彼でもアスペルガーやADHD呼ばわりする風潮があるが、それは違うのではないか?(無論、その中にはどう考えてもアスペルガーとしか考えられない人たちも何人かは存在しているが)
>
>それらの人たちを自閉症スペクトラムの中に位置づけるのなら、あくまでも、彼らの中に三つ組の障害が存在するのか、或いは、していたのかを厳密に確かめる必要があるだろう。
>
>脳機能に何の異常も持っていない健常者の中にもエキセントリックな人などゴロゴロいるのであって、むしろ、そういう人たちこそ個性的と呼ぶべきではないのか?(彼らは、三つ組の障害等とは無縁であるばかりか、むしろ非常に社会性に長けていたり、興味の対象が驚くほど広範囲に及ぶ場合があり、自閉性とは正反対である)
>
>つまり、どう考えても発達障害は、個性などと呼ばれるものではなく、血友病や小児麻痺やダウン症とまったく同じ障害の一つであり、一見して誰にでも目に見えてわかる障害ではないという事だけなのではないのか?
>
>皆さんは、「発達障害は一つの個性」だと思いますか?
>
>当方の意見が誤っているとお考えの方、どうかズバズバと批判して下さい。
>
>反論、批判、異なった意見、どうかご遠慮なさらずに、なんでもお気軽にお書き込み下さい。
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[#32578] Re:アスペルガーやADHDの「障害は個性である」は本当なのか?
 めえめえ  - 09/12/21(月) 2:59 -

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   アスペルガー当事者です。

▼debussywebernさん:
>アスペルガー症候群やADHD等、精神遅滞を伴わない発達障害について「障害は個性である」という主張がある。

個性=「個人・個物を他の人・物から区別しうるような、固有の特性。
パーソナリティー。(大辞林)」のような辞書的解釈をするならば、
私のアスペルガー障害は私の個性であると言えるでしょう。
「障害は個性である」という主張の中には、このように字義通りに
解釈した例もあると思います。

脳機能の不具合も自分の持ち味(固有の特性)として尊重する、
という意見から、
個性だから障害としてのケアや支援の必要を認めない、
すべては当事者の自己責任で解決すべきだ、
という意見まで、
「障害は個性である」という一文の意味は多岐にわたります。

こういった食い違いは、「個性とは」「障害とは」という定義付け
をしっかりして共有しないため起きる混乱ではないでしょうか。
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[#32577] Re:アスペルガーやADHDの「障害は個性である」は本当なのか?
 白胡椒  - 09/12/21(月) 1:40 -

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   >アスペルガー症候群やADHD等、精神遅滞を伴わない発達障害について「障害は個性である」という主張がある。

その言葉が出てくる状況や、口にした人にもよりますが
「障害”も”個性である」と言えるケースもあるとは思います。

>例えば、アスペルガーやADHDと同じ意味に於いて、ダウン症や小児麻痺や血友病も個性と言えるのだろうか?

すべて違うものなので一纏めにしてしまうと論点がぼやけていき、
”極論”として「あれが認められないなら、これも認められない」
という事で「障害”は”個性ではありえない」
と言う結論意外認められなくなります。

>最近、芸術家や科学者でエキセントリックな人達を、誰でも彼でもアスペルガーやADHD呼ばわりする風潮があるが、それは違うのではないか?

>彼らは、三つ組の障害等とは無縁であるばかりか、むしろ非常に社会性に長けていたり、興味の対象が驚くほど広範囲に及ぶ場合があり、自閉性とは正反対である)

確かに奇行ありきでアスペルガーやADHDであると断定するのはどうかと思いますが、アスペルガーについて言えば(他の症例についてはあまり詳しくないもので)興味の対象が広範囲に及ぶから”自閉的では無い”という訳ではなく、
他の事で多少一般常識と言ったものに疎い事はあっても、自分が興味を持っていることやその延長上にあるものに関しては人並み、あるいはそれ以上に積極的というか「突き詰めなくては気がすまない」というのも
言い方は悪いかもしれませんがアスペルガーの一側面であると考えています。

>つまり、どう考えても発達障害は、個性などと呼ばれるものではなく、血友病や小児麻痺やダウン症とまったく同じ障害の一つであり、一見して誰にでも目に見えてわかる障害ではないという事だけなのではないのか?
>
>皆さんは、「発達障害は一つの個性」だと思いますか?
>
他の方もおっしゃってますが、個性と言う言葉の受け取り方しだいではないでしょうか?

もし、誰かが血友病や小児麻痺やダウン症であったとして、
その人が詩や写真、絵画やプログラミングなど弐興味を持ち
その事についてその人と話したり習ったり、教えたりするのが苦痛ではなく、
アスペルガーやADHD、ダウン症や小児麻痺や血友病である事がその人を判断する上では些細なことであり、
逆にそれらのペナルティを持っている事で他とは少し違った目線や感性を得たのではないか?と思えたなら
「発達障害”も”一つの個性」
と言えるのではないでしょうか。
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[#32575] Re:アスペルガーやADHDの「障害は個性である」は本当なのか?
 タイム  - 09/12/20(日) 23:14 -

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   こんにちは。

>皆さんは、「発達障害は一つの個性」だと思いますか?

その個の持つ特性を「個性」と表現していると思いますので、その個が発達障害を持っていたとしてもそれも「個性」と思います。

1000人いれば1000通りの個性があると思いますね。
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[#32574] Re:アスペルガーやADHDの「障害は個性である」は本当なのか?
 ゲットジョブ  - 09/12/20(日) 22:25 -

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   個性と言うと、大事なテーマでありながら、拡大解釈も可能な曖昧なとこでもあります

爆笑問題の太田光が言ってましたが、「個性とは社会の中で活動して発揮されるもの」と捉えているそうで、私も同じように考えています

それを踏まえると、障害とは社会活動に支障を来すもので、個性を発揮しようとしてもできなくなってしまうものです

「障害は個性なんだ」と言っているひとの考えてるとこが理解できません
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[#32573] Re:アスペルガーやADHDの「障害は個性である」は本当なのか?
 乃絵  - 09/12/20(日) 22:04 -

引用なし
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   ▼debussywebernさん:
>つまり、どう考えても発達障害は、個性などと呼ばれるものではなく、血友病や小児麻痺やダウン症とまったく同じ障害の一つであり、一見して誰にでも目に見えてわかる障害ではないという事だけなのではないのか?
>
>皆さんは、「発達障害は一つの個性」だと思いますか?

当事者が日常生活や社会生活において特段の支障がなく本人も困っていない場合は「個性」、
明らかに日常生活に支障があるか、そうでなくても社会生活を送る上でトラブルが多く本人も困っている場合は「障害」といえるだろうと思います。

すなわち「個性」か「障害」かはその当事者がおかれている環境に依存するということです。
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[#32572] 続き
 ゲットジョブ  - 09/12/20(日) 22:01 -

引用なし
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   職安の障害枠求人は、身体障害者向けの求人ばかり。
精神障害者向けはないのかと聞いても、「今は不景気なので」「なかなか企業が理解してくれないので」と抽象的な会話しかしてくれません
それを言っている職員は、いつも暇そうに座って、一生懸命定時になるのを待っているように見えます
月に3件か4件しか紹介できないような障害者窓口に、専属職員は3人も4人もいらないと思います
私から言わせれば一人で充分です

障害者向けの求人を取ってくる仕事をしている職員と話しをしたことがありましたが、「私は精神障害者のために企業に雇ってくれと活動している」と言ってましたが、具体的なところを話してくれず、全然信用できない職員でした

そんな地域性がありながら、障害者向けの職業訓練では、定員に限りがあり、障害年金の受給が降りにくいです
いったい誰のための事業かわけがわかりません。
公務員のための事業ではないかと錯覚してしまいます

私はこれらの事業サービスを受けていて、感じるとこは『金ばかり大量に投入』されて、最後の肝心なところで『何もしていない』と思います

タイトルは書きませんが、ある書籍では、「日本では発達障害者への支援が整いつつある」と書かれていたのを見て、私はかなり驚きましたが、皆さんは支援は整いつつあると実感されてますか?
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[#32571] 支援事業について
 ゲットジョブ  - 09/12/20(日) 21:57 -

引用なし
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   こんばんは

発達障害支援法が制定されてどれぐらい経ったでしょうか

アスペルガーやADHDが、良い意味でも悪い意味でも世間に知られるようになり、診断を受けるひとや、診断を受けずとも自分のことを知るひとも増えていると思います


医療と行政から、この症状が障害と認められたため、社会が発達障害者を支援しようということで、新しい施設や制度が作られています

この流れは今まで生活に苦労してきた自分にとってとてめ有り難い好意で、恩返ししていきたいことです

生活支援センターや、就労支援施設が創設され、職安の障害求人コーナーには障害枠専属の職員が沢山います

これらの施設が作られて、沢山の職員が働くことで沢山の税金が投入されていることは容易に想像できます

しかし、立派な施設があっても、私の場合であれば、利用しているところは電車を二回も乗り継いだ駅から降りてまたさらに一時間も歩かないと行けないような拙劣な場所に建てられています。
実際に私は年に数回しか利用できていません。
利用できても、交通時間がかかるのでその日は一日が潰れてしまいます

民間の企業なら、考えられないことです。
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[#32570] Re:携帯からできないでしょうか
 ゲットジョブ  - 09/12/20(日) 21:08 -

引用なし
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   できました

アドバイスありがとうございます

パソコンからできたらそれが一番いいのですが…
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[#32569] Re:携帯からできないでしょうか
 ゲットジョブ  - 09/12/20(日) 21:06 -

引用なし
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   めえめえさん

できました

アドバイスありがとうございます

パソコンは使いこなせないので…
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[#32568] Re:アスペルガーやADHDの「障害は個性である」は本当なのか?
 徹  - 09/12/20(日) 14:25 -

引用なし
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   個性かどうかは、その人の属している家族なりコミュニティにおいて、周囲からどのような印象を持たれているかによるでしょう。

例えば、感情を抑えきれずに暴力を振ってしまう人がいたとします。
本人はそれを「個性」だと思っていても、周囲はそう思わないでしょう。

発達障害で考えると、発達障害が原因とされる行動によって、周囲が迷惑を被ったならば、それは個性とは呼びません。

個性とはポジティブな意味で使用する言葉です。
暴力や迷惑行為など、ネガティブな印象の行為に対しては使いません。

私は、少なくともハンディキャップに対して使用する言葉ではないと思います。

また、個性かどうかは、自から宣言するものではなく、当事者の周囲に与える印象によって、周囲の人に認識されるものだと思います。
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[#32567] [投稿者削除]
   - -

引用なし
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   この書き込みは投稿者によって削除されました。(10/5/20(木) 10:59)
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[#32562] アスペルガーやADHDの「障害は個性である」は本当なのか?
 debussywebern メール  - 09/12/20(日) 8:45 -

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   アスペルガー症候群やADHD等、精神遅滞を伴わない発達障害について「障害は個性である」という主張がある。

はたして、本当にそうなのだろうか?

例えば、アスペルガーやADHDと同じ意味に於いて、ダウン症や小児麻痺や血友病も個性と言えるのだろうか?

発達障害が、遺伝性の脳の中枢神経系の機能障害とするならば、それらの疾患は歴とした障害であり、個性等とは到底言えないのではないか?

それらの疾患の症状が個性ならば、治療など必要ないし、そもそも病院や医師とは無縁のものだろう。

最近、芸術家や科学者でエキセントリックな人達を、誰でも彼でもアスペルガーやADHD呼ばわりする風潮があるが、それは違うのではないか?(無論、その中にはどう考えてもアスペルガーとしか考えられない人たちも何人かは存在しているが)

それらの人たちを自閉症スペクトラムの中に位置づけるのなら、あくまでも、彼らの中に三つ組の障害が存在するのか、或いは、していたのかを厳密に確かめる必要があるだろう。

脳機能に何の異常も持っていない健常者の中にもエキセントリックな人などゴロゴロいるのであって、むしろ、そういう人たちこそ個性的と呼ぶべきではないのか?(彼らは、三つ組の障害等とは無縁であるばかりか、むしろ非常に社会性に長けていたり、興味の対象が驚くほど広範囲に及ぶ場合があり、自閉性とは正反対である)

つまり、どう考えても発達障害は、個性などと呼ばれるものではなく、血友病や小児麻痺やダウン症とまったく同じ障害の一つであり、一見して誰にでも目に見えてわかる障害ではないという事だけなのではないのか?

皆さんは、「発達障害は一つの個性」だと思いますか?

当方の意見が誤っているとお考えの方、どうかズバズバと批判して下さい。

反論、批判、異なった意見、どうかご遠慮なさらずに、なんでもお気軽にお書き込み下さい。
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[#32561] 高校選びについて
 そらお  - 09/12/19(土) 1:12 -

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   関東では、ADHDやAS対象に
説明会はされないのでしょうか?
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[#32560] Re:クールダウン
 めえめえ  - 09/12/18(金) 10:44 -

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   今さらまた蒸し返すのもなんですが…

私もかつてはネットでトラブルになることありました。
振り返ってみると、個人的に言い争いになることはなくても、
こちらの一方的な主張が相手に伝わらず、パニックに陥って
さらに強硬に主張してますます伝わらず・・・、だった気がします。

パニックしたとき、場を変える(分ける)というのは
気持ちの切り替えが苦手なときに、とても有効だと、
自分や子どもの例をみてて思います。
ネットだと、クールダウンのため「とりあえずパソコンを閉じる」
というワザが使いやすいですよね。
だから、しばらく離れていましたが…

とりあえず、パニックしてるときに相手を攻撃するような
捨て台詞を投げかける前にセーブしよう、と、
しみじみ反省させられました。
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