アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
つるさん wrote:
>みなさんこんばんわ、アスペルガーと診断されました。
>最近あらためて大勢の集まりで傍観者になっている自分に気がつきます。
>みんなが「うんうん」と深く、浅くうなづいいたり「えっ」と反応してる
>ときも平坦な気持ちのままなんです。みんなの話の調子が自分の心に響いて
>きません。よく考えたら幼い頃からです。
おしゃべりの場に参加している、つるさん以外の健常?者の反応(うなずいたり、驚いて見せたり)というのは、「やりとり」という意味合いで、「あなたのお話を、聞いていますよ」という合図だったりします。相手の話が、心に響いているか、いないかということは、かならずしも関係がないこともあります。
ただ、「相手に調子を合わせる」「会話のスムーズな流れをはかる」というのは、やはり健常者の方が、はるかに技術が上なんだなという気がします。健常者は、幼いころからごく自然に、人間関係というものを身に付けていく(もちろん個人差は出る)けれど、アスペルガーの人は、意識して学んで身に付けるしかない、というのが、アスペルガー症候群の研究者の主張のようです。
>反対にすごく怖かったり、不安だったり、びっくりしても表情に出ない自分
>も発見したりします。
私も幼いころ、中耳炎が発見されたときには、かなり進行していたということがありまして、なぜ発見が遅れたかというと、どんなに痛くても、まったく表情に出さず、「耳が痛い」とか、親に話すことすらしなかったからのようです。
脳の中でも、前前頭皮質という部分の発達が遅かったり、何らかの理由でひどく傷害されたりすると、他人の気持ちを読み取ったり、自分の中の感覚を、他人に分かるように伝える能力が得られなくなるというのが、今のところ研究で分かっているようです。しかし、「発達障害」という言葉には、「障害を持ちながらも発達している」という事実があるので、常に希望を捨てるべきではないと思います。
>自分と他人の距離が極端に遠い・・・というより繋がっていないのかもしれません。違いはわかるのにちっとも変わらないのが悲しい・・・
>こんな症状はアスペルガーとしてノーマルなんでしょうか?
「ちっとも感謝してくれない」とか、「ちゃんと話聞いてるの?」と、責められたりするんですよね。「障害は障害であり、どんなに努力しても、健常人と同じレベルというわけにはいかない」という事実を、悲しまないアスペルガー当事者はいないということを、もっと世の中に知ってもらいたいと私も思います。
>それから社会人のアスペルガーの集まりを探してるんですが参加したことのある方
>いますか?コミュニケーションが難しいのに大丈夫なのか疑問です。
>感想など聞かせて欲しいです。
この掲示板には、オフライン・ミーティングというものがあります。10月は、26日に都内で開催される予定。掲示板の常連の一人、こうもりさんという方が主催する、メーリングリストに登録すると、もろもろの情報がゲットできます。
ただ、こうもりさん、最近はお忙しいらしいので、かわりに今回のオフ会の責任者?でもある、私あんくにメールを下されば、こうもりさんに転送させていただくこともできます。
オフ会への参加動機や、参加してからの感想というのは、ひとりひとり、ほんとうに様々だと思います。「自分以外のアスペに会って話したい」「アスペの友人(恋人、結婚相手…)を見つけたい」「アスペとしてこの世界に生きる悩みを告白したい」「今後の社会におけるアスペのあり方について、いろいろ考えたり、勉強する場を見つけたい」etc。感想にしても、「楽しかった」から、「思っていたのと違ってがっかり」「自分だけじゃなかったんだなあと思って心強かった」「ぜひ自分もこんな集まりをやってみたい!」まで、何でもありだと思います。
ただ、お互い、個人差はあってもコミュニケーションが困難だというのは、共通なので、ずっとだまっていても、変に思われたり、責められるということはないのでご安心ください。
シンタロウくん wrote:
> まあ日本の教科書なんて内容がずさん極まりないもんばっかりだからね。
ノーベル物理学賞受賞者のリチャード・ファインマン先生が書いておられたが、アメリカの教科書も内容が杜撰極まりないものであったそうな。それが後年『ファインマン物理』という教科書執筆につながっている。
「水道方式」の遠山啓先生も、子供の数学の教科書があまりにひどいものだったので「これはなんとかせねば」ということで数学教育に取組んだという逸話がある。それが後年『できるさんすう』『わかるさんすう』という教科書執筆につながっている。
教科書というのは売れる部数が決まっているという点で非常においしい商品であり、それだけに文教族と出版社の癒着があったりして「各社横並び」の性格が強い。
指導要綱そのものは悪くないと思うので、
1)採択制度を改めること
2)採択を前提としない、自習用あるいは学校以外(塾やフリースクールなど)で使用するための教科書を作ること
といった対策を取らなければならない。
> (楽器の教本もかなりずさんな物が出回っていてそれをん読んだところであまり上達は望めない。)ずさんな教科書を読んだってちっとも頭に入んねーつーのと俺は言いたいです。
翻訳物の楽器教本は研究書的なものが多いのに対して、日本の楽器教本は教室の宣伝を兼ねている(テキストとして使えるので、部数が出やすい。出版社もそういう本を出したがる)ので、「詳しいことは教室で」みたいなことになってしまう。
そんなわけでNHKのテキストが重宝されたりするのだ。やはり、「なければ自分で書くしかない」のである。
(Mr.Moto)
みどり wrote:
>ASかどうかに関わらず、才能のある人には、思う存分努力できる環境を与えてあげたいものです。
>
>こういう話になると、たいてい「それは才能のない人に不公平だ」などと言い出す人がいるんだよな〜。
>学力別クラス編成にしても。
独学にしてもね。ASに限らずLD、ADHD者は学校で勉強するより独学で学んだほうが身につきやすいと思うのね。(習得にはかなりの時間と労力を費やすけどね)
みどり wrote:
>
>誰も「ASだから天才」などと言った人はいないと思うのですが… 「天才にはASが多い」と「ASだから天才」はまったく違いますよ。もしそれを同じものと思ったのなら、あなたが見当違いです。
>
以前、世間が才能を認めてくれないと悩む人がでてくるかも、という話があったと思ったので、表現がゆがみました。逆は必ずしも真ならず。無視されなくてよかったです。正しく伝わるかどうか・・。反応があって修正してもらえると安心します。みどりさん、ありがとう。
ぱうぜ wrote:
>大変な努力家だったそうで、それがノーベル賞という結果につながったのだと思います。努力もしないで「ASだから天才のはず」というのは見当違いというものでしょう。
誰も「ASだから天才」などと言った人はいないと思うのですが… 「天才にはASが多い」と「ASだから天才」はまったく違いますよ。もしそれを同じものと思ったのなら、あなたが見当違いです。
ASかどうかに関わらず、才能のある人には、思う存分努力できる環境を与えてあげたいものです。
こういう話になると、たいてい「それは才能のない人に不公平だ」などと言い出す人がいるんだよな〜。
学力別クラス編成にしても。
星子 wrote:
>シンタロウさん wrote:
>
>>(僕は前々から思ってたこと)
>> 何故、日本には社会で成功してるAタイプが他の国(欧米)と比べて極端に少ないんだろう・・・・・?
>
>よくノーベル賞受賞者の中に自閉ASの人がいると言う話しを聞きますが、
>海外の話しばっかしじゃないかぁ(貧涙)
>日本にはいないのか???なんかさみしいっ!
>
私は友達にノーベル賞の田中さんの同級生だったという人がいて、報道されない裏話など聞くと田中さんは未診断ASの可能性があると思います。田中さんは勉強の話しかしない人で、そのことでからかわれる場面もあったそうですが、自分がからかわれていることに気づいてなかったそうですから。
大変な努力家だったそうで、それがノーベル賞という結果につながったのだと思います。努力もしないで「ASだから天才のはず」というのは見当違いというものでしょう。
木の実さん wrote:
>ただ、私は何年か前、不倫→略奪に成功した友人がいたんですが、
>うれしそうにその「成功」を語る彼女が怖くて会えなくなってしまいました。
>自分でも何が怖いのかずっと理解できなかった(←今でも)ですが、
>とにかく彼女が怖かったことは確かです。(←他の友人たちは平気な反応してた)
>私が他人の感情を怖いと異常反応したと言えばこのくらいなのですが、
>他のASの方々も「他人は全く平気みたいなのに自分だけが怖いと感じた」
>他人の感情ってありますか?
ほとんど同じ経験があります。結婚に至るまでの付き合いではなかったようですが、他に付き合っている女性がいる男性を自分にふりむかせ、別れるように仕向けたという話をした知り合いの人がいました。私は、ギョッとして沈黙しながら、内心つぶやきました。「あー理解できない。」
その女の人は、あまり親しい人ではなかったので、驚いただけで済みましたが、もし、友人だったら、やはり敬遠したと思います。でも世間には、そういう人ってあまり珍しくないようですよ。奥さんや恋人のいる男性をあこぎにもぎ取るようなことは、理解しがたいことですが、結構あるみたいだな。
みなさんこんばんわ、アスペルガーと診断されました。
最近あらためて大勢の集まりで傍観者になっている自分に気がつきます。
みんなが「うんうん」と深く、浅くうなづいいたり「えっ」と反応してる
ときも平坦な気持ちのままなんです。みんなの話の調子が自分の心に響いて
きません。よく考えたら幼い頃からです。
反対にすごく怖かったり、不安だったり、びっくりしても表情に出ない自分
も発見したりします。
自分と他人の距離が極端に遠い・・・というより繋がっていないのかもしれません。違いはわかるのにちっとも変わらないのが悲しい・・・
こんな症状はアスペルガーとしてノーマルなんでしょうか?
それから社会人のアスペルガーの集まりを探してるんですが参加したことのある方
いますか?コミュニケーションが難しいのに大丈夫なのか疑問です。
感想など聞かせて欲しいです。
木の実さん wrote:
木の実さん、こんにちわ。あんくと申します。最近は、初対面かも知れない相手にも、挨拶を忘れているかもしれない。初心を取り戻さないと。
>なので情緒の面ではあまり自閉症らしき症状をもっていないのかもしれません。
>ただ、私は何年か前、不倫→略奪に成功した友人がいたんですが、
>うれしそうにその「成功」を語る彼女が怖くて会えなくなってしまいました。
>自分でも何が怖いのかずっと理解できなかった(←今でも)ですが、
>とにかく彼女が怖かったことは確かです。(←他の友人たちは平気な反応してた)
その彼女が、男を手に入れるのに、絶対の自信と余裕を持っているようで怖かったのと、それとも「何が何でも」とという、自分を見失ってしまうほどの執念が伝わってくるようで怖かったのと、どちらだったのでしょうね。
それとも「不倫」そのものに、未知の恐れを抱いていたのかも。
>私が他人の感情を怖いと異常反応したと言えばこのくらいなのですが、
>他のASの方々も「他人は全く平気みたいなのに自分だけが怖いと感じた」
>他人の感情ってありますか?
これは(たぶん自覚のないAsだと私が勝手に思っている)友人の話ですが、自分が誰かを好きになると、その相手のことが怖くて怖くて仕方がなくなってしまうというのが、自分で不思議だと思い、なんでだろう?と、一生懸命考えてみたら、そうか、<相手に「あなたのことが好き」ということを知られてしまうこと>が怖いからなんだ、と気がついた、そうです。若いとやっぱ、そうなるよな。
自分的には、いわゆる「ミもフタもない人間模様」というものを目撃してしまうと、怖いというより、なんだかやたらテンション下がりまくってしまいます。たとえばクラブなんかで、お相手を見つけようと血眼になっている人の群れ、とか。しゅうぅっ…(←テンションがしぼんでいく音)
「それは逃げ口上だ!」→「それは言い逃れだ!」
「不条理な世の中」→「理不尽な世の中」「理にかなっていない世の中」
まだまだ他にもありそう…
とりあえず、言いたいことは伝わってくるのだけれど、「言葉を使い慣れてないなあ」と、思わせる言葉というのが、あると思います。なぜかどうしても、とっさの時、適切な方が出てこず、前者の、「なんだかスマートじゃない方」が、出てきてしまうのは不思議。
こんにちは。ASの診断をされた木の実です。
(前も来たことがありますが、「診断中」だったので結果報告)
ASは個人差がある、とか障害の程度によって印象も違うっていいますよね。
ちょっと前に話題になっていた「愛情について」を読んで思いました。
この一連の書きこみを見るにASの多くの方が
「愛情(御大切)はもっているけど恋は感じない」ようですね。
ASは自閉症と繋がる部分が多く、多かれ少なかれその症状をもっている、
と、どこかのHPで読みましたが。
私に関して言えば、恋らしき感情をもつこともあるし(←普通の人と一緒かは不明ですが・・・)、
その感情(欲望に近い?)を理解することもできるんです。
ドナの「自閉症だったわたしへ」を読んだときも
他人の「愛情」が怖いというような記述は理解できなかったし・・・。
なので情緒の面ではあまり自閉症らしき症状をもっていないのかもしれません。
ただ、私は何年か前、不倫→略奪に成功した友人がいたんですが、
うれしそうにその「成功」を語る彼女が怖くて会えなくなってしまいました。
自分でも何が怖いのかずっと理解できなかった(←今でも)ですが、
とにかく彼女が怖かったことは確かです。(←他の友人たちは平気な反応してた)
私が他人の感情を怖いと異常反応したと言えばこのくらいなのですが、
他のASの方々も「他人は全く平気みたいなのに自分だけが怖いと感じた」
他人の感情ってありますか?
シペラス wrote:
>私は最近、はたと疑問に思ったことがあります。
>
>巷に出ている自閉症の説明本には、「自閉症には社会性の障害がある!」という文言をよくみかけます。これはともすると、「自閉症児・者は、社会性の機能が損なわれている」「…社会性の発達が遅れている。」「回りに同ずることがない、アマノジャクだ」という、いろいろな解釈ができます。
>
>では「社会性がある」というのは、いったいどんなことをさしているのでしょうか??
>
>ここが何か引っかかるんですよね…
>
>みなさんは、どう思いますか???
私はあるHPで「質的な問題」と言う言葉を見ました。
全く社会性がないわけではないのだが、「質」が悪いってことなのかな?
普通、人間の発達は1→2→3というように進んでいくけど
発達障害の場合、1ができないのに3ができたりする、そして2ができたと
思ったら3ができなくなっている・・・こんなことが起こるそうです。
思うに社会性や共感という面でも同じようなことが
起こっているのではないでしょうか?
深い意味での共感を感じる(ほとんど同化して考えてしまう)ことは
できるのに日常の些細なことで躓いていたりするのでは?
・・・うまく説明できないのですが(*・・*)
「他人への共感」が欠如している、と言われる点にもシぺラスさんと同じような
疑問を持つんですよ。
私の場合、そんなに他人の気持ちを考えないとは思わないんですが・・・。
反対に共感しすぎて同化しちゃってるときもあるし・・・。
でもそれも3はできるのに1はできてない、みたいな欠落があるのかな・・・?
(例えば、会話中相手の知らない出来事を説明もせず話し出したりすることとか
よくあるので。←指摘されるまで気付かないし)
シペラスさん wrote:
>それもそうだが…小学校で学習する内容の削減も、何か気になるよな。
> 僕は、アメリカの小学校の理科の教科書が地元の図書館にあったんで、読んでみたけどさ、まるで百科事典みたいに豊富な図表と的確で分かり易い表現の文面だったな。「チョコレートやコーヒーは刺激物です」という健康にまつわること、てこの原理などオーソドックスなこと、地球の歴史など、どの内容も読んでて楽しくってつい読みふけってしまったな。読みにくい用語には、語呂合わせがついていたよ。理系の大学を受ける諸君には、お薦めの教材だな。
まあ日本の教科書なんて内容がずさん極まりないもんばっかりだからね。「楽器の教本もかなりずさんな物が出回っていてそれをん読んだところであまり上達は望めない。」ずさんな教科書を読んだってちっとも頭に入んねーつーのと俺は言いたいです。
> 「環境を守る」という文言は、僕たちが小学生だった頃、理科の教科書にはぜんぜんなくって、社会の教科書にあったけど、向こうでは、理科の教科書に盛り込まれていて、「家の周りの道路を掃除することもそうです!」と具体的に書いてあったな。
> それに比べると、日本の理科の教科書は、子供に十分な判断材料を与えないで、「はい、実験(or観察)しましょうね」「何がわかったかな…」という感じで、どこに落ちがあるのかいまいちわからないんだよな…だからいわゆる『理科離れ』がずんずん進んでいくんだよね。
確かにそうですね。そのことが余計Ld児「特にに言語Ld」をますます学業不振と勉強意欲後退に拍車をかけてるのが現状です。真面目に教えないくせに分かるわけ無えーだろヴォヶ!!と俺は言いたいです。
星子 wrote:
>
>受賞者の母校校長が「君たちの先輩がノーベル賞を受賞しました。君たちも見習って・・」みたいな台詞言ってる学校の先生って、本当に面白くねー。
>
>じゃあ見習えるような授業を組めってんだ。
>私なんか中学の数学の先生の授業が腐ってるほど面白くなくって、
>成績が一気に落ちたもんな。
それもそうだが…小学校で学習する内容の削減も、何か気になるよな。
僕は、アメリカの小学校の理科の教科書が地元の図書館にあったんで、読んでみたけどさ、まるで百科事典みたいに豊富な図表と的確で分かり易い表現の文面だったな。「チョコレートやコーヒーは刺激物です」という健康にまつわること、てこの原理などオーソドックスなこと、地球の歴史など、どの内容も読んでて楽しくってつい読みふけってしまったな。読みにくい用語には、語呂合わせがついていたよ。理系の大学を受ける諸君には、お薦めの教材だな。
「環境を守る」という文言は、僕たちが小学生だった頃、理科の教科書にはぜんぜんなくって、社会の教科書にあったけど、向こうでは、理科の教科書に盛り込まれていて、「家の周りの道路を掃除することもそうです!」と具体的に書いてあったな。
それに比べると、日本の理科の教科書は、子供に十分な判断材料を与えないで、「はい、実験(or観察)しましょうね」「何がわかったかな…」という感じで、どこに落ちがあるのかいまいちわからないんだよな…だからいわゆる『理科離れ』がずんずん進んでいくんだよね。
ルービックキューブネタ。
僕らが、高校時代の頃(20年以上前)これが、流行った。
東京大学に進学した同級生の逸話。(友人ではない、単なる同級生)
電車の中で、その彼にパズルを貸した、
しばらく彼はカチャカチャいじっていたが、
しばらく手をとめパズルをにらみつけること20分。
「わかった!」と彼は叫び、
2,3分で、パズルを完成させた。
(どーゆー頭の構造してんだか・・・・)
ちなみに、彼にとっては学校の授業レベルが低すぎるので、授業中は、いつも自分の持ち込んだ参考書で違う科目を勝手に勉強したり、睡眠を取ったりしてました。
先生も彼の目指しているものを知ってましたので、注意なんぞせず、好きにさせてました。
高校時代の経験から言えば、理系で、東大や京大へ行く人は、なんか頭の構造が全然違う感じで別世界の人だったなあ。
ただ、変人っぽかったのは、ルービックキューブの彼ぐらいで、後の人は普通の人だったな。スポーツもできたりしてさ、ワンクラス上の人たちって感じがしてさ・・・、まあ自分が勝手に引け目を感じて壁を作ってたって所もあるだろうしさ・・・
星子 wrote:
>Mr.Motoさん wrote:
>> 凡人がノーベル賞受賞者なんか見習ったら、ロクなことはない。才能に見合わない目標なんか立てたら挫折するのは目に見えている。
>
>ホントだよねー。高校生が「見習おうと思う」とか言ってるの「バッカじゃねーの?やってみれよ、このおなご。」って思ったよお。
>
そういや、俺が中坊ん時、自分は天才だと勘違いしてた奴がいたな確か「要するに成績しか取り柄の無いお馬鹿」奴は自分より成績「例えばテストの点など」が低い奴を散々馬鹿にしてた。もちろん俺のことも馬鹿にしてきた。今奴が俺の目の前にいたら半殺しにしたい程ムカツク奴だった。
>あ、なんか思い出した事を一つ。
>高校の数学センセイが
>「虚数は何故二乗すると負になるのか証明できる人いますか?
>私は十なん年間数学教師してますが、やっと2年ほど前に解りました。
>やっと最近です解ったのが。もしかして一応聞きますが誰か証明できる人居たりしますか?」
>と言った時、手を挙げた生徒が一人だけ居て、なんとあっさりすらすらと答えられて教室中が「ッシーン!」と超沈黙があったことがあったなぁ。
>
こうゆう阿呆なセンコーがいるから勉強がつまらないんだ。テストテストだの、次のテスト範囲はここからここまでなど、ほとんど勉強と呼べる状態じゃなかった。その場しのぎの勉強だった。一言で言えばごまかし教育。まあ阿呆なセンコー程よく怒るもんだ。阿呆なセンコー&ごまかし教育に想像力を潰された奴なんて世の中にたくさんいるし。
Mr.Motoさん wrote:
>星子さん wrote:
>> 受賞者の母校校長が「君たちの先輩がノーベル賞を受賞しました。君たちも見習って……」みたいな台詞言ってる学校の先生って、本当に面白くねー。
わ〜い(^o^)ミスターモトさんだあ〜<久しぶりです。
最近星子は風邪で年寄りい〜、あーダッセェーヨレヨレへぼっぐへっ。
連休明けたら、オウタムジャンボ宝くじ買いに行かねば。
「あんたならまだ違った運勢抱えてそうだし」とか言われちゃあ当るかもとか
思っちゃうから自分はアホだな。
> 凡人がノーベル賞受賞者なんか見習ったら、ロクなことはない。才能に見合わない目標なんか立てたら挫折するのは目に見えている。
ホントだよねー。高校生が「見習おうと思う」とか言ってるの「バッカじゃねーの?やってみれよ、このおなご。」って思ったよお。
>> 私なんか中学の数学の先生の授業が腐ってるほど面白くなくって、
>> 成績が一気に落ちたもんな。
> 小柴先生は、受賞後のインタビューで「小中学生というのは、数学が好きになったりはしないものだ。『数学の先生が好きだから、数学が好きになる』ものである。『生徒に好かれる』というのは、先生の大事な才能ではないか。生徒に好かれる、授業のうまい先生には、百万円くらいやったらどうか」「九九なんかは理屈抜きで詰めこんでおけば、先へ行って役に立つものである」とかおっしゃっていた。
> ノーベル賞受賞者にまで分かりきったことをわざわざ言わせんなっつーの(-_-;)。
そういう台詞言ってたんですかあ。ホント、あったりまえの事でっすよねー。
あ、なんか思い出した事を一つ。
高校の数学センセイが
「虚数は何故二乗すると負になるのか証明できる人いますか?
私は十なん年間数学教師してますが、やっと2年ほど前に解りました。
やっと最近です解ったのが。もしかして一応聞きますが誰か証明できる人居たりしますか?」
と言った時、手を挙げた生徒が一人だけ居て、なんとあっさりすらすらと答えられて教室中が「ッシーン!」と超沈黙があったことがあったなぁ。
じっさい、今の子供には「好きなことをしろ」と言われて「何をしたらいいかわからない」子供が山ほどいたりする。
疑問持つ子どもの感性も大事ですよね。。
> 「学校の予備校化」「学校のゲームセンター化」のどこがいかんか、とおれは訊きたい。学校は学問をする場所である。「わかる楽しみ」を子供に教えてちゃんと教えてやれ。
(Mr.Moto)
ひゅう〜(^^)<ぱちぱち
一緒に実感として同じ視線で「やれる」「引き出せる」大人もそうそういないっすよね。結局大人の都合扱いじゃぁ。「ナンデワカラナイの!」とかー。怒られたって、「ワカることがデキナイ」人間が目の前に居るという事実を知れといいたい。。
「ワカル楽しみ」。ホントー、わたし子どもに戻りたいよ。←自閉だから年齢無いか(爆笑)
学校でかなり自分は余計な味わいたくない生気をすり減らされるような疲ればっか
り多くて損・無駄が多かった気がするよお〜。
私はよく自分には関係の無い授業は聞いてなかったし、
自分には必要の無い模擬試験は放棄して「試験代返してくれ」とセンセイに言っ
て、実技ばっかやってもんだった。。。
Maria wrote:
>シペラスさん wrote:
>> 私は最近、はたと疑問に思ったことがあります。
>
> 「はたと」→「気がつく」
> 「ふと」→「思う」
> 「はったと」→「睨みつける」
> 「あっと」→「驚く為五郎〜と、はっはっはっはっは……何ぃ?」(読み筋は『巨泉・前武 ゲバゲバ90分』)
>
> (Maria)
この場合は、『ふと』が適切のようですね…
いつもありがとうございます。
シペラスさん wrote:
> 私は最近、はたと疑問に思ったことがあります。
「はたと」→「気がつく」
「ふと」→「思う」
「はったと」→「睨みつける」
「あっと」→「驚く為五郎〜と、はっはっはっはっは……何ぃ?」(読み筋は『巨泉・前武 ゲバゲバ90分』)
(Maria)
私は最近、はたと疑問に思ったことがあります。
巷に出ている自閉症の説明本には、「自閉症には社会性の障害がある!」という文言をよくみかけます。これはともすると、「自閉症児・者は、社会性の機能が損なわれている」「…社会性の発達が遅れている。」「回りに同ずることがない、アマノジャクだ」という、いろいろな解釈ができます。
では「社会性がある」というのは、いったいどんなことをさしているのでしょうか??
ここが何か引っかかるんですよね…
みなさんは、どう思いますか???
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