アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
POLINECIAさん wrote:
>MBD(微細脳損傷)→MBD(微細脳機能障害)→LD?
>MBD>LD,LD≠最初の軽度発達障害概念?
>AS>LD?
OK!!
(『疑問符と感嘆符の活用』のまね こうもり)
うう、POLINECIAさんにまたしてもやられてしもうた……。
こうもりです。
シロさん wrote:
>彼は自閉症が認知障害だということを広めた人(の一人)だという理解をわ
>たしはしていますが、日本にアスペルガー症候群を紹介したのも、彼なので
>しょうか。
日本にAS概念を紹介したのは他ならぬハンス・アスペルガー本人です。
彼は戦後日本に来日して講演をおこなったこともあります。
戦時中、「鬼畜米英」とされた英語圏の書物を読めなくなった日本人医
学関係者は、同盟国であるドイツ医学から新しい知識を輸入しておりまし
た。ですから、自閉症研究についてもカナー論文よりもアスペルガー論文
の方が先に紹介されています。そんな訳で戦後まもなくの自閉症支援関係
者にとってはアスペルガー型の方がなじみが深かったようです。
なお、アスペルガーは自らが扱った症例を発達障害ではなく性格の偏り
と説明していますが、発達障害だと説明してしまうとナチス政権下で迫害
の対象になってしまう危険性があったためにそう説明せざるを得なかった
ようです。自らの扱った患児の中には才能に恵まれた者も多いと記述して
いるのもそのための配慮です。
>LDに先立つというか、LD以前にMBDという言葉(診断名)が流通or流行し
>たとは聞いていますが、当初(いつ?)日本において、MBDとASとは関連
>づけて、つまり「発達障害」という括りの中で紹介されたのでしょうか。
(話の整理)
(1)60〜70年代のMBD概念によって、英米圏で知的障害を伴わな
い発達障害児研究が端緒についた。この時期、ハンス・アスペルガ
ー論文は英米圏ではあまり注目されてこなかった。
(2)MBD概念は医学サイドからの批判が多く、80年代には死語にな
った。教育学的なLDをもう少し限定した医学LDが取ってかわっ
た。(LD自体はそれ以前から研究されていた。yamaさんが指
摘するように1970年代には日本にも紹介されている)
(3)1980年代初頭に英国でアスペルガー論文が注目され、ASにに
脚光があたる。1990年代に国際的診断マニュアルに掲載される
ようになった。(イギリスのローナウィング論文の影響が大)日本
でアスぺの会などが活動しはじめたのも1990年台初頭。
(4)日本では1991年に旧文部省(現文部科学省)が教育学的LD問
題があることを正式に認める。(LD元年などと呼ばれる)その後
、ADHD,HFA(ASを高機能自閉症の中に含めている)の問
題も意識されはじめ、去年の中間報告では両方とも記載されること
になった。
児童だけを見ても、ある発達障害の概念について英米圏で研究がはじま
ってから日本で公的な支援の取り組みがはじまるのに20年ぐらいかかっ
ています。(教育学的LDもASも同様)気が長いのう……。
で、シロさんの質問への答えとしては、日本ではMBDが完全に死語に
なってから現在的な意味での自閉スペクトル支援が本格的にはじまってい
るので、両者の邂逅はあまりなかったように思えます。むしろ、LD・A
DHD関係者の間ではLD・ADHDはMBDに続く概念という意識が強
いようです。
日本のAS関連の本を読んでいると、むしろの広義LDへの対抗意識が
強いような印象を受けます。
>「軽度」というのは、IQの数値による区分ですが、諸外国でも、「軽度」
>という表現がされているのでしょうか。
軽度という言葉は存在しますが、地域によって微妙に異なる場合があり
ます。例えばアメリカ合衆国における「軽度」は知能ではなく、「仕事が
できるかどうか」であるとされています。この基準だと職業につけない発
達障害者は知能に関係なく障害が重いと見なされることになります。
’’けい’’さん wrote:
>今のうちにお金を貯めておこうと地道に貯金しています。私はこれでい
>いのでしょうか?
どうして他人の承認が必要?
yamaさんwrote:
> 日教組は、北朝鮮のような赤い貴族階級が独裁権力によって、
>人民を搾取して人民を弾圧する体制を支持してきました。
> 偽善者どもは、教育界から去れ!
誰が悪いのかが分かれば何が解決する?
いいかげんにできない脳を持つ女 POLINECIA
こうもりさん wrote:
> 軽度発達障害は微細脳損傷障害→微細脳機能障害→LDという
>順番で登場してきた。
MBD(微細脳損傷)→MBD(微細脳機能障害)→LD?
> で、MBDの方がLDより先行しており、LDは最古の軽度発
>達障害概念ではない。
MBD>LD,LD≠最初の軽度発達障害概念?
> ASに至っては日本ではLDよりも古くから知られていたはず
>だ。
AS>LD?
OK?
わたし自身は、80年代中頃、都立○○○病院の医師の自閉症に関する本で、初めて「アスペルガー」という言葉と出会ったような記憶があります。彼は自閉症が認知障害だということを広めた人(の一人)だという理解をわたしはしていますが、日本にアスペルガー症候群を紹介したのも、彼なのでしょうか。
LDに先立つというか、LD以前にMBDという言葉(診断名)が流通or流行したとは聞いていますが、当初(いつ?)日本において、MBDとASとは関連づけて、つまり「発達障害」という括りの中で紹介されたのでしょうか。
「軽度」というのは、IQの数値による区分ですが、諸外国でも、「軽度」という表現がされているのでしょうか。
う〜む、やたらと話題が重なるねー、POLINECIAさん。
POLINECIAさん wrote:
>・MBD(微細脳損傷)→MBD(微細脳機能障害)→LD
軽度発達障害は微細脳損傷障害→微細脳機能障害→LDという
順番で登場してきた、と。
>・MBD>LD,LD≠最初の軽度発達障害概念
で。MBDの方がLDより先行しており、LDは最古の軽度発
達障害概念ではない、と。
>・AS>LD
ASに至っては日本ではLDよりも古くから知られていたはず
だ、と。
こんな理解でいいんですかい?<POLINECIAさん
まあ、もっとも障害の存在が知られていたということと、適切
なアプローチができていたということはまた別の話だったりしま
す。軽度発達障害(この言い方は嫌いだ)もまだアプローチの仕
方が確立できていない領域ではあります。
Lulu_2440さん wrote:
>ホームヘルパー、ケアマネージャー、ボイラー技士、乙種危険物取扱者、気象予報士、近いうちにこれらの資格を取りたいです。
>プログラマーへのこだわりを捨てるか、あるいは北海道へのこだわりを捨てるか、究極の選択を迫られており、失業給付の実質的タイムリミットも今年7月23日であることから、プログラマーを廃業したときの身の振り方も考える必要があります。
>
プログラマーへのこだわりを捨てるというのは、いかにももったいない気が
します。自分もボイラーや危険物の資格は取りました。ルルさんと同様、何
か資格があれば道が開けるかと思ったんです。
ところが現実はそのような資格を持っていても糞の役にも立ちませんでした
。企業は実務経験を最重視します。次に年齢ですね。ことごとく門前払いの
嵐。
他の掲示板で、行政書士の資格を取っても実際にはほとんど生かせないとい
う現実を訴える書き込みがありました。自分で開業するには実務経験がない
と無理だし、そのためにはどこかの事務所に勤めないといけないのですが、
人を雇ってまで立ち行くところなど皆無で、求人などゼロだということ。
そして、開業しても数年以内に80パーセントは廃業してしまうというのが現
実の姿です。食っていけないのですね。巷に溢れる情報は相当割り引いて考
えないとえらい目に遭います。
資格商売で何とか食っていけるのは弁護士ぐらいで、他は全滅でしょう。
ルルさんはせっかく10年間もプログラマーをやってこられたんですから、
それしか生かす道はないのではないでしょうか?今から未経験の仕事につく
ことは、私の経験からもかなり無謀だと思うんです。
こだわりを捨てるなら北海道へのこだわりを捨てる方がいいかと思います。
無責任なようですが。仕事の絶対数が少ない以上、どうしようもないと思う
んです。
あっ、それからここで私が言ったことは参考意見ですよ。それだけは念を押
しておきたいと思います。あくまでもどう行動されるかはルルさんご自身の
意思です。
yama wrote:
> 何と、私が生まれる前に、1975年・昭和50年から軽度発
>達障害の概念が、日本に既に入ってきていたのである。では、こ
>の28年間の間、子供の人権とやらを大きく看板に掲げ、子供の
>人権とやらを重要な柱としてきたはずの日教組は、いったい我々
>のために何かをしてきたでしょうか?何もしていません。
> 日教組は、北朝鮮のような赤い貴族階級が独裁権力によって、
>人民を搾取して人民を弾圧する体制を支持してきました。
> 偽善者どもは、教育界から去れ!
いえ『悪い』のは、そういった特定の団体なのではなく、『障害者=変わり者・無能力者・厄介もの』としてしか見ていない『法制度』に無関心できた『社会全体』だと思います。
例えばの話、多くのASの子供が引っかかって、将来生活困窮の原因となる恐れがあるものに、『療育手帳』をもらうための『知的障害者判定』のあいまいさがあげられます。判定機関が見ているのは、『言葉が話せるか』『平均IQが75以下か』ということだけで、『良好な社会参加』をするために無視できない『非言語性』の能力は全くのノータッチ、検査結果に対して十分な吟味をするのかと思いきや、ほんの30分ほどの先生方の会議で、ほとんどの県ではにべもなく『あなたには、療育手帳は渡せません!』と断られます。
それでは、何か拘束力のある法律で縛られているのではと思いきや、なんと旧厚生省が昭和48年に各都道府県に出した一つの通達を元に、そこの判定機関がでんでんバラバラに基準を作っていて、ようするに『全国一律』の基準はないそうです。がしかし、『平均IQが75以下』というところが、一つの相場のようです。
また発達障害(知的障害も含めて)がある可能性がある子供を抱えている親御さんは、お子さんが就学する前年の秋は、極めて不安定な精神状態に落ちいらざるをえません。なぜなら『就学時前診断』で子供が『普通学級』に入れるか、『養護学校・特殊学級』行きを宣告されるかで、やきもきしなくてはならないからです。そういった特殊教育機関について十分な説明がなされないばかりか、きちんとした『学校選び』のコーディネートすらもなされないので、「子供の未来が閉ざされた」と悲観したお母さんが、子供を道連れに車に火を放って『無理心中』を図るといった事件も起こっています。
ちょっと行き過ぎと思う人もいるかもしれませんが、私は小学生が国語の次に覚えるべき言語は、『英語』の前に『日本手話』であると思います。手話は『聞こえない人』のコミュニケーションの手段ですが、同時に『相手に解かりやすく話す能力』『言葉の表現力』『手先の器用さ』を養うのに優れた教材です。けれど実は、いわゆる『聾学校』では、手話の使用は禁止されてきていて、現在テレビなどで放映されている手話は『聞こえない人たち』が仲間内できっちりと守ってきたものなのです。
やはりこの不況下で、会社に手話が解かるものがおらず意思の疎通がしづらい・電話を使った業務ができないという理由で、聞こえない人たちもなかなかの就労困難で、私の所属している手話サークルの講師の方が、30分という制限時間をオーバーして1時間半以上職安で求人のパソコン画面を食い入るように一生懸命に眺めて、『少しでも良い条件の職場を』と全身全霊を傾けている姿には、本当に心を打たれました。と同時に、『ハイ終わりですよ…一時間以上もやっているんで代わってください!』と無常に声で宣告する職員には、あきれて物も言えませんでした。障害者専用という職安が欲しいと思わずにはいられませんでした。
精神障害者の場合、快適かつ自由な病院生活の保障・脳科学的な合理性のあるケアの確立・入院生活による社会的ギャップをもった人の高齢化への対処が、重要な問題です。
健常の視点からのみではなく、障害者の側から見ても不合理でない法の整備こそ、今は大切です。
こんにちは、「太平洋海霧研究所」所長のLulu_2440です。
この現実、如何ともしがたいですね。
(#16030「’’けい’’」様:ミスタイプ修正済み)
>私は今専門学校に通って資格取得に励んでいる女性です。私は高卒後語学系専門学校に通い、就職先を転々として5年。同じ職場の人に仕事が出来なくて怒られたり(当たり前だ)、「辞めたら」と当たり前の様に言われて職場にいられなくなりました。
>
>必ず同期入社の人達と比べられていました。「○○さんは××ができるのに、なんでけいさんは出来ないの?」みたいなカンジで。
>(中略)
>私は私でいたいのに(周囲に迷惑かけない程度に)周囲は許してくれない。
>
>資格を取って再び就職してから又職場を転々としたくないです。働かない期間が出来ると収入が不安定になるのが将来の不安です。結婚に逃げたくないし。(いい人がいれば結婚したいけど)自分の足で歩きたいです。
たびたびほかのレスでもコメントしていますが、アスペルガーにとってもっとも厄介なのは、「非アスペルガーの人にできて当たり前のことが、アスペルガーの人にはできない。」ということです。しかも、ADD/ADHDの場合と同じく、日常生活の根幹部分で障害が発生しているので、何かと誤解を受けやすいという辛いところがあります。
#100%の人に現状を理解してくれ、とはあえて言いません。せめて30%の人が理解してくれたら、と思うことしきりですが、現実にはアスペルガーを正しく理解している人は1%もいません。
「アスペルガーの人にできて当たり前のこと」というのは、人により千差万別ですが、私は人付き合いがぜんぜんダメで、40年間まっとうな恋愛ができません。
原因は解っているのですが、どういうふうに対処したらよいのか、素人の我々には解りません。
非常に厄介な問題ですが、お互いがんばりましょう。
私は今専門学校に通って資格取得い励んでいる女性です。私は高卒後
語学系専門学校に通い、就職先を転々として5年。同じ職場の人に
仕事が出来なくて怒られたり(当たり前だ)、「辞めたら」と当たり前の様に
言われて職場にいられなくなりました。
必ず同期入社の人達と比べられていました。「○○さんは××ができるのに、
なんでけいさんは出来ないの?」みたいなカンジで。
SMAPの歌で「世界にひとつだけの花」の歌詞で”人間はなんでそんなに比べたがる?”(吾郎ちゃんのパート)というのがあります。私もそう思います。
私は私でいたいのに(周囲に迷惑かけない程度に)周囲は許してくれない。
資格を取って再び就職してから又職場を転々としたくないです。働かない期間が出来ると収入が不安定になるのが将来の不安です。結婚に逃げたくないし。(いい人がいれば結婚したいけど)自分の足で歩きたいです。
今のうちにお金を貯めておこうと地道に貯金しています。私はこれでいいのでしょうか?
遥 wrote:
>シペラスさまへ。
16025へのレスです。
確かにピアノは「愛着」があるものだから手放すのがつらいですよね…。
また手元に戻ってくる方法を考えるというのはダメでしょうか。
それでは失礼いたします。
遥。
yamaさん wrote:
> 何と、私が生まれる前に、1975年・昭和50年から軽度発
>達障害の概念が、日本に既に入ってきていたのである。
・MBD(微細脳損傷)→MBD(微細脳機能障害)→LD
・MBD>LD,LD≠最初の軽度発達障害概念
・AS>LD
(参考)
富田真紀「《解説》今日のアスペルガー症候群」
『自閉症とアスペルガー症候群』(東京書籍)
P425
「わが国では、英語圏とは事情が異なり、
アスペルガーはじつは早くから知られていました。
アスペルガー症候群(アスペルガー型の自閉症)を巡っては、
関連する学会で議論が戦わされただけでなく、
アスペルガー型の「自閉症」のイメージはマスコミを通じて
広く一般の人にまで浸透していました。」
すなふきん様、レスありがとうございます。
(#16013「すなふきん」様より)
>私も同感です。
>まったく、中高年に差しかかった我々はどうすればいいのでしょう
>ね。
>
>就労条件は男性にかなり不利なのが実状だと思います。
>私もハローワークで検索してみるのですが、賃金が多少安くても出
>来そうな仕事というのはほとんど実質女性のみの募集です。
>
>男性は営業か肉体労働か極端に高度な頭脳労働しかありません。
>この傾向はしかしかなり前からで、男性の単純事務の仕事は無くな
>って久しいです。あきらめましょう。
ホームヘルパー、ケアマネージャー、ボイラー技士、乙種危険物取扱者、気象予報士、近いうちにこれらの資格を取りたいです。
プログラマーへのこだわりを捨てるか、あるいは北海道へのこだわりを捨てるか、究極の選択を迫られており、失業給付の実質的タイムリミットも今年7月23日であることから、プログラマーを廃業したときの身の振り方も考える必要があります。
(http://ww6.et.tiki.ne.jp/~hurricanex50/index.htm)
こんにちは、「太平洋海霧研究所」のLulu_2440です。
貴方のコメント
(#16022「yama」様より)
> 我が国に、学習障害・LDの概念が本格的に入ってきたのは、
>1975年・昭和50年頃だと思われる。この年、日本文化科学
>社から、上村菊朗先生と森永良子先生との共訳により、『学習能
>力障害』が出版されている。(中略)
> 何と、私が生まれる前に、1975年・昭和50年から軽度発
>達障害の概念が、日本に既に入ってきていたのである。では、こ
>の28年間の間、子供の人権とやらを大きく看板に掲げ、子供の
>人権とやらを重要な柱としてきたはずの日教組は、いったい我々
>のために何かをしてきたでしょうか?何もしていません。
> 日教組は、北朝鮮のような赤い貴族階級が独裁権力によって、
>人民を搾取して人民を弾圧する体制を支持してきました。
> 偽善者どもは、教育界から去れ!
は、事実だとすると聞き捨てならぬ話です。(と言うより事実でしょう)
私なら当時は小学校6年生だったので、成り行き次第ではいじめられずに済んだかもしれません。
20年以上もただの自閉症だと思われていたなんて…
ひたすらショックでした。
(ちなみに、私のアスペルガー確定診断はさらにその6年前に出されています。)
シペラスさまへ。
遥です。
シペラス wrote:
>>
> 僕もピアノが大好きです。
>最初の出会いは、妹が5歳の時、友達が弾いているのに感激して、「ピアノを習いたい」といって、両親がなけなしの金をはたいてピアノを買った時でした。
ピアノは楽しい(^〜^)!』という気持ちをますます高めました。
> 最近弾けるようになった曲は、『涙そうそう』『地上の星』です。
ああー!中島みゆきだー!!いいなぁー!!
>もしAS関連のグループホームを、僕が設計するとしたら、屋外に防音仕様が整った『ピアノボックス』を2個設置したいです!
グループホームか…建築士の友達が1級をとったら設計を頼もうかな。
法規の面で問題がないかアドバイスをもらって。
追伸:「ピアノ」がぜいたく品とは…。そうなの?
(だけど家財は耐用年数と痛み具合で換金できないとダメなんじゃあ ないんでしたっけ。)
(こんなことを大きな声ではいえないけど、某公営住宅の強制執行の保 管庫にはアップライトピアノが30台くらいおかれていたね。)
みんな取りに来ないんだもん。管理人のおじさんが「一台もって いって(笑)」といっていたのを思い出すなあ。(3年前の出来事だけど)
あれは競売に出されるのだろうか?それとも廃棄に…?
うわあ、もったいないというよりピアノがかわいそう。
発展途上国に学校を贈る運動をしているところがそういうところと
連携をとってピアノを贈ればいいのにね。
それでは。
遥 拝
遥 wrote:
>遥です。
>>大好きなピアノもグランドは夢ですね。
>>今のは10万くらいの中古です。楽譜も10年以上買ってないし。
>>ピアノの先生はモスクワの国立音楽院で学んだピアニストですが(たまたまお友達だっただけ)、生徒の私は情けないまんまです。レッスン料もきちんとお払いしていず、好意で教えて頂いているだけなので、代わりに日本でリサイタルする時に翻訳などを無料でしてあげています。
>>話がそれました。グランドと聞いて変に反応してしまいました。
>
僕もピアノが大好きです。
最初の出会いは、妹が5歳の時、友達が弾いているのに感激して、「ピアノを習いたい」といって、両親がなけなしの金をはたいてピアノを買った時でした。
調律士のおじさんが来て、ピアノを開けてみた時、中にはいくつもの針金・フェルト・木材が組み合わさっていて、それが連携して一つ一つの音ができるのがとても不思議でした。
僕も小1の3学期から、妹と一緒に、隣町の個人で指導をやっていた女の先生の下に通ってレッスンを受けたのですが、協調運動障害+ADHDのためのみ込みが悪く、バイエルの一曲を先生が『合格!(^_^)』と言ってくれるまでには、3月ぐらいかかった時もあり、結局中3まででようやくバイエル下巻を終わり、その時点で受験と型にはまったレッスンがつまらなくなってしまったことから、止めてしまいました。
けど、『自己流でいいから、とにかくいろんな曲を弾きたい!』という強いポリシーは捨てませんでした。『エリーゼのために』は、妹が小学校時代に弾いていた残響をたよりに、高校時代に満足な自己バージョンを弾けるようになりました。カーペンターズの『SING』は、中学の英語の時間に覚えたメロディーを鍵盤上で拾い弾きして、自分なりの音質ができてから、かろうじて家に残っていた当時の教科書にあった楽譜と照合して、『ズレ』を補正するという方式で覚えました。
学生時代は、実家を離れて下宿生活をして、ピアノがない部屋に入りましたが、幸いなことに大学の大部屋の一つに、壁置きのピアノがあり、夜にこっそりそこへ忍び込んで、『浜辺の歌』『サモア島の歌』『ロンドンデリーの歌』なんかを弾いていました。
ドボルザークの『ユーモレスク』は、僕に、ピアノには『黒鍵』という『未開発領域』があることを教えてくれました。『童謡、海』『赤とんぼ』が白黒両立の曲ということが毎日黒鍵に触っていくうちに解かったことは、『ピアノは楽しい(^〜^)!』という気持ちをますます高めました。
最近弾けるようになった曲は、『涙そうそう』『地上の星』です。
でも、早ければ今年…遅くとも再来年ぐらい、父がガンでこの世を去ってしまった後は、最悪の場合生活保護へ転落する恐れもあり、そうなってくると今我が家にあるピアノは、いわゆる『ぜいたく品』の類として手放さなくなければならないと思います。悲しいけど、無理の利かない身体なので就労しづらいので、生きるためには仕方ありません。
もしAS関連のグループホームを、僕が設計するとしたら、屋外に防音仕様が整った『ピアノボックス』を2個設置したいです!
保守陣営教育者は、道徳やら倫理の重要性ばかりを声高に叫び、
障害者教育のことなど、何も考えていません。
くだらない勢力を、教育界から駆逐すべし!
我が国に、学習障害・LDの概念が本格的に入ってきたのは、
1975年・昭和50年頃だと思われる。この年、日本文化科学
社から、上村菊朗先生と森永良子先生との共訳により、『学習能
力障害』が出版されている。この両氏は、人文科学の立場から学
習障害・LDを論じていらっしゃるので、現在の高機能自閉症と
アスペルガー症候群の症状も、学習障害・LDとして、紹介した
と思われる。
何と、私が生まれる前に、1975年・昭和50年から軽度発
達障害の概念が、日本に既に入ってきていたのである。では、こ
の28年間の間、子供の人権とやらを大きく看板に掲げ、子供の
人権とやらを重要な柱としてきたはずの日教組は、いったい我々
のために何かをしてきたでしょうか?何もしていません。
日教組は、北朝鮮のような赤い貴族階級が独裁権力によって、
人民を搾取して人民を弾圧する体制を支持してきました。
偽善者どもは、教育界から去れ!
菜の花様へ
遥です。
菜の花さん wrote:
>鍵盤の押し方(本当は押すのではなく、腕の重みを重力で落とす)が全然違っていたので、レッスンを始めた頃は、ピアノの蓋を閉めて、腕を落とす練習だけを何ヶ月もしました。それから次は鍵盤の上で手を落とす練習をし、脱力の練習をして(指先に血が溜まってくるのを感じる練習。ダンスの練習みたい)、次に休符の弾き方を習い、とまあ、なかなか音を鳴らすまでが遠かったのですが、ピアノの中の弦を意識しながら弾けるようになってきました。楽器としては高いのがちょっと難点ではありますが、始めれば面白いと思います。
この過程はみっちりやらされてましたね。先生が「あなたはまた戻ってくる」
といってたのが、本当になるのかもしれませんね。
だけど手を「落とす」感覚、もうなくなってるもんねえ。
またやればいいや。練習しようっと。
菜の花さん、どうもありがとうございました。
遥
michaela wrote:
>ケネス君の本は『Asperger Syndrome,the Universe and Everything』といいます。著者は『Kenneth Hall』です。彼はアイルランド人です。
有難うございます。
何とか英語で探してみたいと思います。
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