アスペルガーの館の掲示板(旧)
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シペラス wrote:
>シペラス wrote:
>>あさ7:30ごろ起床。寝ぼけマナコで、ジーンズとワイシャツを着て、新聞紙を廃品回収へ出す。その後風呂に入って、体中の垢を落とす。
>> 風呂をあがって、NHKのニュースを見て、イラクのバグダッドが激しい空襲にさらされたことを知る。その報道を聞きながら、母と麻婆豆腐・にら玉・しいたけとわかめの味噌汁を作ってご飯。
>> テレビの画面には、ほむら色に火の手があがった建物が見えていた、現地の事情に詳しいという、大学の教授さんの話では、爆撃のターゲットは、大統領宮殿というところらしいが、かなり市街地の真中のようなところであり、一般市民の巻き添えがなかったか、非常に気がかりである。
>> 58年前の日本やドイツ周辺でも、似たようなことがあった。『窓際のトットちゃん』の舞台の『ともえ学園』も、鉄道車両を校舎として利用していたので、もしかすると『武器の隠し倉庫』と思われて、爆弾を落とされてこの世から消えたのかもしれない。また、オードリー・ヘップバーンは、空襲で炎上した町の姿をみて以来、『オレンジ色』を非常に嫌っていたという。21世紀、これ以上ほむら色のトラウマを残して、いいのだろうか?
>>
>> 今日は、ガンで入院中の父から「主治医の先生から病状の説明があるので、立ち会って欲しい」といわれていたので、12時まで一眠りしたと、母とまたパスタを作って食べ、一緒に14:00ごろ東京のA病院へ向かう。病室に着くと、父は昨日と同様に、貧血の改善のためという『濃厚赤血球』、及び『栄養剤』の点滴を受けていた。「のどのとおりが悪く、あまりものが食べられない」と父。
>> 20分くらいロビーで待たされた後、私・妹・叔母・伯父の4人が父と一緒に、相談室?へ入る。「残念ですが、肺に転移した腫瘍は、抗がん剤では消えていません。体力的にも、これ以上は抗がん剤は使えないので、後はペインクリニックなどの対症療法ということになるでしょう。」という先生の言葉に、一同絶句…
>> 私が父に言えたのは、「今日よりも明日はきっと良いと思って、生きていくしかないよ」という実にそっけない言葉だった。稼げない身では、いってはいけない言葉だったかもしれない。非情な親不孝ものだ、僕は…
>>
>>
(#16492「風呂糸」様)
> アメリカを嫌いになって、
>反米運動しても(・∀・)イイ!じゃん。
>
>アメリカは次は北朝鮮を狙っている。
>
>たとえ独裁者が居ようとも、他の国に侵略して政権を倒す、などということは内政干渉である。
>(中略)
>現在の日本の政府は無能で、靖国参拝などを行い、右翼的
>また国民の意見を聞かない、という点では独裁的とも言えよう。
そうです。日本の歴代の内閣総理大臣は、みんなアメリカ大統領のイエスマンです。
細川護煕氏・羽田孜氏・村山富市氏はそれでもまだまともな方でしたが、橋本龍太郎氏以降は典型的なイエスマンです。中でも小泉首相が一番典型的。
臨時国会の代表質問で、民主党の岡田幹事長が「日本がアメリカの同盟国であるならば、ブッシュ大統領に軍事攻撃を止めるよう進言すべきではないのか?」というツッコミを入れていましたが、私も同感です。
ブッシュ大統領は意地になっているだけです。
(#16492)
>(イギリスのブレア首相のTV演説は、見ていると洗脳されるよ、あまり見すぎちゃダメ!サブリミナル効果でも使っているのかな??)
ブレアもイエスマンだ。こういう国が国連安保理の常任理事国だなんて、国連も先が思いやられます。
(http://ww6.et.tiki.ne.jp/~hurricanex50/index.htm)
悪口を言うのが下手というわけではないけれど(笑)
人との共感を求めて悪口を言う気にはなれないです。
どうせ人との共感など絵に描いたもち。
表向きの共感を求めていっしょに悪口を言う気にはなれないなあ。
ほんとにそう思ったら言いますが・・・。
でも悪口を言い合うのはきっと楽しいでしょうね。
自分は正しいのだという気にもなれますし
悪口を言って仮想敵を作るのは結束の強化に役に立つかもしれません。
戦略としてはいいかもしれませんね。
でもわたしはしません。
世渡り下手です(笑)。
yama wrote:
> 湾岸戦争の時もそうだったが、イラクが隣国に攻め入っても、「反戦運動」は起こらない。何故だか、アメリカが大規模な武力行使をする際だけに、大規模な「反戦運動」とやらが起こる。
イラクが隣国に攻め入るときには、放っておいても世界中が反対するから、わざわざ「反戦運動」をする必要がないだけのことです。
私たちの問題として、人の悪口をうまく言えないというのがあるのではないかと思います。
ラジオを聞いていたら人はなぜ悪口を言うのかという本の紹介をやっていました。そして悪口と言うのは必要悪であるということだそうです。
悪口を言わないのは良いことように思えるけど、実はうまくいかない。
仲間同士である程度の悪を共有することによって信頼感を得て行くようです。
だからまるっきり悪口を言わないような人は、ええかっこしいで信用できないと言うことになります。
確かに悪口などというものは信用できる人にしか言えません。だから人の悪口を言ってくると言うのは自分は信用されていると思うわけです。
しかし、私が思うにどうも人の悪口がうまく言えないわけです。
一般の人は自分がたとえ悪く思って入ない人の悪口に対してもうまく話を合わせて後をひかないような冗談を言うことができます。
私にはそれができないわけです。そして悪口を否定したりしてしまうわけです。
また自分が悪口をいう時は、場違いだったり、どちらかというと敵側に近い人に言ってしまったりすることがあります。
ですから余計に悪口をいうのが下手になっていきます。
アメリカを嫌いになって、
反米運動しても(・∀・)イイ!じゃん。
アメリカは次は北朝鮮を狙っている。
たとえ独裁者が居ようとも、他の国に侵略して政権を倒す、などということは内政干渉である。
アメリカは旧ソ連、東ドイツ、東欧諸国に攻め込んだりはしなかった。
本来は時間が掛かろうとも、それぞれの国・国民が、自ら政権交代を果たすべきである。
現在の日本の政府は無能で、靖国参拝などを行い、右翼的
また国民の意見を聞かない、という点では独裁的とも言えよう。
そのような国(日本)に対して、アメリカが攻め込んでくることは許されるのか?
ましてや戦争行為で、人を殺しながらそのようなことをするということは?
(イギリスのブレア首相のTV演説は、見ていると洗脳されるよ、あまり見すぎちゃダメ!サブリミナル効果でも使っているのかな??)
コウタローさん wrote:
> 社会人にとって、年度の変わり目につきものなことといえば、まず「新入社員が入ってくること」が挙げられるでしょう。(うちの場合は新しい「職員」という言い方の方がしっくりきますが)
> 早速、僕の職場にも、数名入ってきました。(中略)自分がASであることは自覚しているので気を付けてはいるのですが、油断したときにでる何気ない一言が、相手の気持ちを読めていない発言であるケースがあるんですね。
> 古い同僚達は僕がASであることを知っていますが、新しく入ったその人は、当然知りません。(変わった人だとは思っているかもしれませんが)こういう場合、教えた方が良いのか、相手が分かるまでこちらが努力するものなのか、考えてしまいます。(中略)
> 皆さんは、どうするのが良いと思われますか??ご意見のある方は是非!
わたしの場合は、原則的には、後輩に対しては話さない、というやり方です(昨年、上司・同僚に対して話した際、全員が理解したわけではなかったことから。←もっとも、理解してくれた人たちにしても、少しずつ時間をかけ、段階を追って話す、といったやり方をしましたが)。
ただ、時間をかけて、後輩が理解してくれそうなタイプかどうかを見極めた上で、ASについて理解してくれそう・口が堅い等、ご自分でOKと思ったら、話をするとよいのでは?
もっとも、この見極める、ということ自体が、本質を捉えることでもあるので、AS当事者にとってはまた大変ですが、理解してくださっている同僚の方に相談する等して、対応を考えるのも一手かと思います。
ちなみにわたしの場合は、話をした後輩が、(その後輩の)パートナーが養護学校の先生で、『光とともに…』のマンガを読んだりして、(カナータイプの)自閉症というものを少しずつ知るようになってきた、という背景があった、ということもありますが…。
参考になれば幸いです(もちろん、押し付けるわけではありませんので、ご心配なく(^^))。では。
湾岸戦争の時もそうだったが、イラクが隣国に攻め入っても、「反戦運動」は起こらない。何故だか、アメリカが大規模な武力行使をする際だけに、大規模な「反戦運動」とやらが起こる。
サダム・フセインのクルド人に対する毒ガス攻撃や恐怖政冶によって死者が出る事こそが、人間の平和を脅かしている事を、しっかりと認識する必要がある。「反戦運動」は、ただの反米運動である。
日本国内の「反戦運動」勢力とやらは、そのエネルギーを、北朝鮮に拉致された日本人解放運動に向けるべきである。それこそが、真の平和主義だと思います。
社会人にとって、年度の変わり目につきものなことといえば、まず「新入社員が入ってくること」が挙げられるでしょう。(うちの場合は新しい「職員」という言い方の方がしっくりきますが)
早速、僕の職場にも、数名入ってきました。ついこの前のことなのですが、僕が何気に言った一言で、ある新職員がかなり気にしている、ということを人づてに聞きました。そこで「あー申し訳ない」と素直に思いました。自分がASであることは自覚しているので気を付けてはいるのですが、油断したときにでる何気ない一言が、相手の気持ちを読めていない発言であるケースがあるんですね。
古い同僚達は僕がASであることを知っていますが、新しく入ったその人は、当然知りません。(変わった人だとは思っているかもしれませんが)こういう場合、教えた方が良いのか、相手が分かるまでこちらが努力するものなのか、考えてしまいます。教えたらいらぬ誤解が解け、多少のことがあっても互いの関係はスムーズにいくという利点はありますが、初めから相手の理解に頼るのも、自分の努力が足りないようで(甘えているようで)ちょっと躊躇します。逆に黙っているのも、自分のストレスが溜まりそうで(色々無理をしてしまいそうで)怖い部分もあります。
皆さんは、どうするのが良いと思われますか??ご意見のある方は是非!
Shinyu wrote:
>槇原敬之の「本日ハ晴天ナリ」という歌から:
>
>だれかと戦えと言われても
>僕は絶対に戦いたくない
>戦わないことを貫くために
>死ねと言うなら喜んで死ぬ
>それで誰かの命を
>奪わずにすむなら本望さ
>それで誰かに罪を作らせず
>すむのならこの命も値打ちがある
この歌に関しては、初めて知りました。歌にはこういう背景があったんですね。またひとつ、勉強になりました。
歌詞を読んでいて、ひとつ思い出した懐かしい記憶があります。
若い世代にはちょっとなじみが薄いかもしれませんが、「宇宙戦艦ヤマト」というTVアニメの中で、「攻撃されても絶対に反撃(抵抗)しない星」の話がありました。悪役勢力がその星を攻撃しても、当の星の住人たちは、全く抵抗もせず次々と倒されていくのです。見かねたヤマトが助けるのですが、「どうして反撃しないのか?」とその星の長に尋ねると、「我々がこうすることによって、このことが宇宙に知れ渡れば、きっとそこから何かを学び取ってくれる星がでてくる。だから、我々の犠牲はきっと無駄ではないはず」と答える。(このアニメを見たのは随分小さい時なので、細部で違う部分も多いかと思います。ヤマトマニアでよくご存知の方、ご容赦ください)
これも、勇気ある(尊敬に値する)一つの生き方だと思います。ある意味、戦うよりも勇気のいることですよね。上記の歌の歌詞のような信念を持てるとしたら、それはその人にとっての最も価値ある財産(宝)でしょうね。
僕は、ただ「戦争反対」とだけ言う人に言いたいです。この歌詞に示されるような決意をもった上で反対を叫んでほしい。TVで、デモをやっている光景がよく放送されるが、あまり感心しません。というのも、デモそのものの主旨はよいのですが、アメリカの国旗やブッシュの写真を切り裂いたり燃やしたりしているのを見ると、何か問題を履き違えているような気がしてなりません。そんな行為をすることで、戦争を行う側と同じレベルに落ちているのでは?「平和」を訴えるはずが、「戦争を行う者への憎悪」へとすりかわってしまっては危険です。アメリカにしろ日本にしろ、政府も民衆のデモによって覆されるような決断なら、初めからしないでしょう。だからこそ、それを覆すという奇跡を成すためには、そのデモなり反戦運動なりは、そのスピリッツにおいて「本物」でないといけない。今のままでは、デモは徒労に終わり、戦争は最終局面まで進むでしょうね。
まぁ、SMAPがどこまでの想いをもってこの歌を歌っているかは知る由もないですが、私個人の意見としてはこの歌は反戦歌ではなく、「ひとつのものさしによって測られることによって優劣のでる社会への疑問と、そのものさしを取り去って分かる個人の尊さ」「自分の生き方への肯定とその再確認」を訴えた歌だというように感じています。
> 今、SMAPの「世界に一つだけの花」という歌がミリオンヒットを飛ばしているそうな。「個々の価値を認めようよ」という分かりやすく誰もが納得できる主旨に加え、親しみやすく覚えやすいメロディーにのせたところが、人気のある理由かとは思う。今の世相を繁栄しているのかなー。「これは反戦歌では?」といううがった見方もあるが、そんな次元で結論付けられる程度の歌ではないように思う。
その歌の作者の槇原敬之の「本日ハ晴天ナリ」という歌から:
だれかと戦えと言われても
僕は絶対に戦いたくない
戦わないことを貫くために
死ねと言うなら喜んで死ぬ
それで誰かの命を
奪わずにすむなら本望さ
それで誰かに罪を作らせず
すむのならこの命も値打ちがある
最近読んだ本で納得したもの:
「ニコマコス流恋愛コミュニケーション」, 大平健著, 岩波書店
これまでどこにも書いてなかった基本的なことが書いてあって
おすすめです。
私が今さらこれを読んでどうにかなるとは思えないけど、
若い頃の私がこの本に書いてあるようなことを自力で見出すのは
とうてい無理なことだったと納得できた。
こんにちは。
わたしの家に行ってみたいなと言ってくださってどうもありがとう。
ばらを植えてみようかな。
6月に咲く黄色いばら・・・。
だれかが遊びに来てくれるようなばらの庭・・・。
それもいいかも・・・。
菜の花さんは小さいときに虐待を受けていたのですか・・・。
まだ傷が体に残っているなんてことばもありません。
それでもとても明るい菜の花さん。
Good Faithを信じ続けるには強い意志が必要ですよね。
でもきっと菜の花さんが周りの人の
Good Faithを引き出すのでしょう。
菜の花はとてもすてき。
菜の花が咲くと人は春の深まりを感じます。
黄色い菜の花の畑のそばを一年生が歩いて行きます。
そんな季節の花ですよね。
わたしの名前のぺんぺんはぺんぺん草、なずなの花なのです。
ちょっと地味・・・。
でもそれほど悲観してはいないのです。
いつかだれかが気がついてくれるかなと
庭のすみで咲いています。
またね!
イラク攻撃、もうカウントダウン状態ですね。
今に限ったことではなく、歴史を見ても戦争ばかり。政権の交代や大きな歴史の転換期は、必ずといっていいほど戦争があったような気がします。血を流さないと、歴史は進まないとでもいうんでしょうかね。
攻撃は善か悪か?戦争反対を叫ぶことは正義か、それとも腹黒い国家の陰謀を助長する結果となってしまうのか? 攻撃によって大量破壊兵器の脅威が取り除かれるのか、それともテロ集団の恨みを買って、同時多発テロの上にさらなるテロ行為の上塗りという最悪の結果をもたらすのか?・・・・
考えれば考えるほど、はっきりした答えを出すのが難しいです。白黒はっきり言ってしまうには、あまりにも国や人種で宗教や価値観が多種多様すぎます。同じ土俵で話がぜ〜んぜんできないんですね。(何かの新興宗教にハマった人と話をしてみると実感できます)攻撃する側もされる側も、自分の方が正しいと思っている。世界中の価値観が統一されるという途方もない奇跡でも起きない限り、まあこの手の戦争は起こり続けるんでしょうね。
今のイラクと、戦時中の日本の姿がだぶります。戦争にいかに正義や大義名分があろうと、そこを支配するのは「狂気」であり、人間性の破壊・人が人であることへの放棄につながるような気がします。
そんな今、戦争を知らない世代の僕は、映画などでしかその実像は浮かんできません。(湾岸戦争だって、実感の沸かないTVゲームばりの光景しか見なかったし)地獄の黙示録・プラトーン・フルメタルジャケット・プライベートライアン・パールハーバー・最近でいうとブラックホークダウンやウインドトーカーズとかが思い出されます。市民や兵士の一人ひとりに焦点を当ててみると、それぞれに愛すべきいいヤツなのに、戦いというフィルターを通して本当に人間が変貌してしまうんですね。そうして危なくなっていく(狂気にはまっていく)自分を、何とか人間らしい人間の域に踏みとどまるための精神的戦いをしていく、というのが多いような・・・しかし、そうした個人の輝きも、国家の思惑の前には簡単に吹き飛んでしまう。だから、多くの国民のトップたる政府は、何事も本当に責任をもって決断してほしい。
今、SMAPの「世界に一つだけの花」という歌がミリオンヒットを飛ばしているそうな。「個々の価値を認めようよ」という分かりやすく誰もが納得できる主旨に加え、親しみやすく覚えやすいメロディーにのせたところが、人気のある理由かとは思う。今の世相を繁栄しているのかなー。「これは反戦歌では?」といううがった見方もあるが、そんな次元で結論付けられる程度の歌ではないように思う。この歌を全ての人が納得して歌えれば、少しは世の中も変わるのだろうか。さらに願うならば、この歌の指し示す価値観が、単に個人個人の違いを尊重するという意味をさらに超え、国・人種・もっといえば障害を持つ者にまでその範囲が広がれば、ASである僕も様々な障害をお持ちの方も、ほんとにわだかまりなく、楽しく社会に暮らせるようになるのでは?これは、僕の中の一つの夢です。
明日には一体、どうなっているのでしょうね?
また戦争か…
ニュースで見た、無邪気に遊んでいるイラクの子供たちが可愛かった。
できるだけ多く、生き残ってくれ。
SOMEDAY WORLD WIIL BE ONE WITH PEACE.
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