アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
出版社に注文したら次の日にはMariaさんの「二人で聖書を」が届いた。早い。まだ読み始めたばかりだけどとっても興味深い。私は完全な直感型の人間なので人と同じ聖書を読んで全く人とちがう結論を導き出してしまう人を無条件で尊敬する傾向がある。Mariaさん、すごい本ですね。
以前、私がカインとアベルの話を出したとき神は常にカインを愛しておられたと論考して下さいましたがその時には私と同じ考えの人がいるんだなあなどと呑気なことを考えていました。でもあれは神がカインを常に愛しておられたことを聖書の記述で証明して下さったのですね。ありがとうございます。
人と同じものをみて人とちがう結論を導き出し真理を発見する。Mariaさんはそういう人だったのですね。本は読み始めなので感想はまたこの次書こうと思いますが今まで読んだ中で興味深かったのは神は自分に似せて男と女を作りだしたのだから神は中性的な存在であるというところ。私の神のイメージと全く重なります。それを証明していただいて私は感激です。その通りですよね。聖書から読み取れば。
歴史物では八切止夫さんが好きです。この方もなにか突飛のようでありながら正確な推理で一般に流布している歴史観を粉々に吹き飛ばしています。徳川家康は実は途中で別人に変わるとかインディアンのジェロニモは実は日本人だったとか・・・・。
哲学者では池田晶子さんが好きです。ソフィを主人公にした翻訳物の哲学書を書いた人とは別な人。この方は魂について魂はあるということを哲学的に論考しておられて私はこの人の考え方を支持しています。
今日は一日「二人で聖書を」を読んですごす予定。MariaさんとこのASのホームページで知り合うとはなんか不思議ですね。
でも私自分のあまりの馬鹿さに愛想が尽きて宗教団体に入ってみたことがあります。自分では努力に努力を重ねたけれどついに自分の努力だけではこの世の中をうまくわたってはいくことはできないと悟った頃・・・・・。でも合わなくてすぐやめてしまったのですが。それからしばらく宗教遍歴をして結局自分一人の信仰を持つようになったわけです。どういう信仰かというと何も信仰的なことはしないというものですが。
でも宗教団体にはAS的な人が多かったような気がするのです。今思えば。何はともあれ、Mariaさん、皆様、これからもよろしくお願いいたします。
こうもりさん wrote:
>>「対人交流のすべて」は、「小社会」の人たちを、内包しています。そこで、
>>引き算します!!
>>[対人交流の全て]−[小社会]=[失業・病気・障害・家事のみ?・学生>etc.・・・]→非生産群(とは言い切らんけど、とりあえず、グループ分けで
>>す。[非]と表示します)
>
> ここに社会(対人交流の全て)のなかには組み込まれているけど、小社会の
>一員としては認められない非生産群が発生する訳です。
>
> 社会を「対人交流の全て」と定義するならば、非生産群の人同士(職業を持
>たない障害者同士とか失業者同士とか犯罪者同士)のコミュ二ティも立派な社
>会なのですが、これらは小社会の中では社会として認められなくなってしまう
>のです。
>
> よくありがちな社会人と非生産群のトラブルとしては、社会人の側が「社会
>のルールや常識」を説くことに対して、非生産群の側の人々が反発する場合で
>す。社会人の側が非生産群の人々を含めた社会(対人交流の全て)を前提に発
>言をしても、非生産群の人が「自分は社会(小社会)には所属できていない」
>という意識を持っているため、何か社会(小社会)の側から権力的に圧迫を受
>けているかのような誤解をしてしまうのです。結果的に非生産群の人はますま
>す小社会の住人たちに反発を強めていくことになる訳です。
>
> これは、社会人,非生産群のどちらに非がある訳でもなく、社会という言葉
>の二義性が見逃されていることに原因があると考えています。
>
> 前者の場合、そもそも発達障害者,健常者を問わず、実現できるかどうかさ
>え怪しい部分があります。残念ながら自分の立場を捨ててあらゆる対人関係に
>対応できる人と出会ったことはありません。どんな共感性の高い人でも対人交
>流能力にはでこぼこがあるためです。
>
> 後者の捉え方をする場合、社会人と非生産群の関係が極めて一方通行になっ
>てしまいます。非生産群の人が社会人との交流ができなければ社会性に困難が
>あると評価されるのに、社会人が非生産群の障害者のことを理解できなくても
>なんら問題がないことになってしまうからです。
>
ちょっと的はずれなレスになるかも知れませんが、社会人(小社会の)もいつ
非生産群の人になるやもしれないし、逆に非生産群の人も将来小社会人の仲間入
りできるかも知れませんよね。だとしたらそうはっきりと二分化できないし交流
不可能ともいえないんじゃないかなあ。今就労している人も失業の不安持ってい
る人多いし、非就労者にシンパシー持ってるひと多いと思いますよ。
グルンサ さんwrote:
>そーです、正解は...といきたいところですが、事情あって書けませんのでお許しくださいませ。(会社員でも公務員でもない、とだけ申し添えておきましょう。)
やっぱり、『働く』って、色んなのが、あるんだよね・・・。
(タレイヌ)
あさかぜ さんwrote:
> どうするったって、あーた……(^^;)
>
> 沈黙は金!! とか言ってそそくさと逃げる今夜のあさかぜ(ぴゅーーー)
あ、わかった!
“あさかぜ”さんなんだから、朝吹く風なんだな。
でも、よるに、ぴゅーーーって、どこいったのぉ・・・?明日は帰ってくるかなあ・・・?
(しつこいタレイヌ)
やんちゃん wrote:
>pennpenn58さん wrote:
>>
>私も。いつもそう。失聴はしてないのだけど…。
>聴き取りは苦手だし、それに対する気の利いた返答をするのも苦手(そもそも相手の発言を理解するのに時間が掛かる)。
>ところで、「カクテルパーティ効果」というのが、どうしてもわからない。
>「ザワザワしたところでも、話している相手の話がちゃんと聞き取れる現象」らしいのですが?どういう物かわかる人いますか?
えーと、まんがで知ったのですがざわざわしているとことでも不思議に自分の悪口を言われたりしているとすぐに気がつくしはっきり聞こえると言うことのようです。
たしかにそういうことってあると思います。左耳失聴の他にも聞き取り能力に難のある私でもそういう体験をします。(もしかしていつも悪口ばかり言われているのだろうか・・・・)体中にアンテナが張ってあって耳ではなく体全体で自分に関することの話題を聞き取っている感じです。
I wrote:
>Mariaさん wrote:
>> あたしのMariaという名前はベタニアのマリアから取られているのですが、この「ベタニア」というのも、エルサレムの東側に三か所あったという、癩病患者を隔離した村の名前です。
>
> この項でもう1度。「ベタニア」というのが、ハンセン病患者を隔離した村の名前だとは...!聖書に書かれている頃から、ハンセン病患者って隔離されていたんですね。相当長い歴史があるんだなあ...。(日本でなんか、ようやく最近ハンセン病患者への対応が変わり始めた〔というにはまだ早過ぎるか?〕ことを思うと...。)
「聖書に書かれている頃から」と思わず書いてしまいましたが、これってホントに聖書に書いてあるのかな?Mariaさんのカキコ読んで、勝手にそう思ってしまったのですが...。(よく調べてから書くべきでしたね、この文章。)
あさかぜさん wrote:
> どうするったって、あーた……(^^;)
>
> 沈黙は金!! とか言ってそそくさと逃げる今夜のあさかぜ(ぴゅーーー)
えーん、逃げないで下さいませ。(勝手に横ヤリ入れてしまったようで、その点は失礼なことをしてしまったと思っていますが...。)でもやっぱり見たいですー!さて、余談(というより蛇足)ですが、数日不在となるため皆さんのカキコ読めないのが残念。帰って来てから、読むのを楽しみにしています。(出先でインターネットできればなあ...。)
あさかぜさん wrote:
> 伸びきってませんか、首?
はい、おもいっきりのびていました。(びろ〜ん。なんちゃって)
>
> 宮仕えって、もしかして公務員さんかなと思ったのですが、違いましたですか……。
そーです、正解は...といきたいところですが、事情あって書けませんのでお許しくださいませ。(会社員でも公務員でもない、とだけ申し添えておきましょう。)
武田好史さん wrote:
> 現在の軽度発達障害者の雇用は、単独で企業に送り込んで、そこに何とか適応できたら安心、「あとは面倒は見ないよ」ということになっている。だから多くの人が孤独で、仕事につまずいて疲れ果て、うつ病の地獄に落ちていく。せめて同じ訓練を受けた仲間同士を2・3人送り込むとか、職業センターの職員が定期的に仕事振りを見に行くとかして欲しいものだ!
武田さんのカキコを見て、現実というものを初めて知りました。ひどい話...。なんか、いかにもお上(でなかったら、すみません)の発想という感じでやだな、こーゆーの。社会に適応していくために適度に、そして長期的にサポートが必要なのは、障害の軽重を問わないと思うんだけどな。ホントに福祉というものを考えているように思えない、かつ、人と違うことを認めない(もしくは、認めたがらない)この国で、障害者が健常者と対等にやっていけるのにはどのくらいかかるのやら?カキコしながら、思わずため息ついてしまいました。 前に、他の方が(すみません、どなたでしたっけ?)金子みすゞの「みんなちがって、みんないい」という言葉をここで書いていたことがありましたが、本当にそうであってほしい、心からそう思います。
Mariaさん wrote:
> あたしのMariaという名前はベタニアのマリアから取られているのですが、この「ベタニア」というのも、エルサレムの東側に三か所あったという、癩病患者を隔離した村の名前です。
この項でもう1度。「ベタニア」というのが、ハンセン病患者を隔離した村の名前だとは...!聖書に書かれている頃から、ハンセン病患者って隔離されていたんですね。相当長い歴史があるんだなあ...。(日本でなんか、ようやく最近ハンセン病患者への対応が変わり始めた〔というにはまだ早過ぎるか?〕ことを思うと...。)
pennpenn58さん wrote:
> 私は左耳を失聴してておおぜいで話すのがとても苦手だったのです。一対一くらいだとそんなに困らずにはなせるのですが大勢だと何が話題になってるのかよくわからないことが多かったのです。
>
> だから何だかわからないまま話を合わせてみるのですがほんとうはとてもそういう状況が苦痛で苦手なのです。おまけに人の話の裏読みをするのも苦手だし。
>
私も。いつもそう。失聴はしてないのだけど…。
聴き取りは苦手だし、それに対する気の利いた返答をするのも苦手(そもそも相手の発言を理解するのに時間が掛かる)。
ところで、「カクテルパーティ効果」というのが、どうしてもわからない。
「ザワザワしたところでも、話している相手の話がちゃんと聞き取れる現象」らしいのですが?どういう物かわかる人いますか?
武田好史さん wrote:
> 僕はかねてから思っているのであるが、「軽度発達障害者」の場合、単独で
>企業に就職して仕事をするよりも、あるていど団結してベンチャー的に仕事を
>するようにした方が、より良い社会貢献ができるような気がする。
社会人にももう少し多様性があった方がいいとは、わたしも思います。職場
で正式採用されていて、職場を中心に活動を続けるという形にとらわれること
はそれほどないでしょう。
社会人のイメージそのものを変えていくということもある意味では重要です。
タレイヌさん wrote:
>> よくありがちな社会人と非生産群のトラブルとしては、社会人の側が「社会
>>のルールや常識」を説くことに対して、非生産群の側の人々が反発する場合で
>>す。
>
>これって、典型的な親子の関係だよね。『一体誰が、食わせてやってるんだ!
>』式。
けっきょく、親の意見が正しいかどうかは関係なく、社会や世間や常識を後
ろ盾に物事を語ると、子供の方はそれだけで権力的な匂いをかぎつけて、聞く
耳を持たなくなってしまうということがよくあります。
勤務先の学習塾なんかで生徒を叱りつける場合も、これだけは禁句にしてい
る今日この頃です。架空の多数派(社会や世間)の援護射撃を受けて安全なと
ころから発言をするのはちょっといただけないです。
タレイヌさん wrote:
>あっさかっぜさ〜〜ん!!楽しみにされてるよ〜〜〜?!どうするのぉ?
どうするったって、あーた……(^^;)
沈黙は金!! とか言ってそそくさと逃げる今夜のあさかぜ(ぴゅーーー)
グルンサさん wrote:
> 成果を楽しみにしてます。ぜひとも、ご報告下さい!首を長くしてお待ちしてま〜す。
伸びきってませんか、首?
いや〜、今日は実践講座まで辿りつけませんでした。運転手くんと御用聞きだけしていました。鍼灸院に行く日でもありましたので。
宮仕えって、もしかして公務員さんかなと思ったのですが、違いましたですか……。
pennpenn58さん wrote:
> 私ってすぐ暗くなりやすいから困ってしまう。まあ、鬱病治療中だけど。私も3児の母。全然自覚が足らないのだけれど。こんな風ではだめですよねえ。
気楽になれるまで時間がかかるかもしれませんが、うつ病は治りますよ。わたしは一年半ほどかかっていますが、信じられないほど元気になりました。病んだことで見えてくる新しい発見もあります。
子育てと病気療養は気長にやるのが一番でしょう。
ホームページ検索をしてたら、12月に東京で成人ADHDのセミナーがあるらしいです。
どなたか出席されるかた、いらっしゃいますか?
http://www.adhd.jp/i
こうもり wrote:
> そして発達障害と関係のあるところでは、発達障害における社会性というの
>が、「どんな対人交流にも対応できるようになること」を指しているのか、小
>社会で生きていくために必要な対人交流に限定して話をしているのか分からな
>くなってしまったのです。
> 前者の場合、そもそも発達障害者,健常者を問わず、実現できるかどうかさ
>え怪しい部分があります。残念ながら自分の立場を捨ててあらゆる対人関係に
>対応できる人と出会ったことはありません。どんな共感性の高い人でも対人交
>流能力にはでこぼこがあるためです。
> 後者の捉え方をする場合、社会人と非生産群の関係が極めて一方通行になっ
>てしまいます。非生産群の人が社会人との交流ができなければ社会性に困難が
>あると評価されるのに、社会人が非生産群の障害者のことを理解できなくても
>なんら問題がないことになってしまうからです。
>
僕はかねてから思っているのであるが、「軽度発達障害者」の場合、単独で企業に就職して仕事をするよりも、あるていど団結してベンチャー的に仕事をするようにした方が、より良い社会貢献ができるような気がする。
頭が良くてもグルーミー(不器用)のために、ちっちゃな町工場で働くしかない人もいるし、逆に器用なのに頭が悪く、そこで働くことを余儀なくされている人もいる。これらの人が集まれば、お互いに刺激しあってより良い事業ができると思う(弁証法的な発想)。
現在の軽度発達障害者の雇用は、単独で企業に送り込んで、そこに何とか適応できたら安心、「あとは面倒は見ないよ」ということになっている。だから多くの人が孤独で、仕事につまずいて疲れ果て、うつ病の地獄に落ちていく。せめて同じ訓練を受けた仲間同士を2・3人送り込むとか、職業センターの職員が定期的に仕事振りを見に行くとかして欲しいものだ!
あさかぜさん wrote:
>Mariaさん wrote:
>> あれは「がんばって」できるものではないのですね。しっかりとコツがあります。
>
> コツを教えて下さって、ありがとうございます。思わず、ノリました。
>
> 実に楽しい。
>
>> なお、途中でついつい血迷って三つ編みとかしたくなります。そこは堪えてください。
>
> ぎゃははははー! なぜわかったんだー? ↑ここを初めて読んだときは、大笑いしました。やっちゃうんだよねぇ、ついつい。
>
> うー、ログを読んでいる時間がない〜! 他の皆さん、また後で〜!
成果を楽しみにしてます。ぜひとも、ご報告下さい!首を長くしてお待ちしてま〜す。
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