アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
社会は基本的に人間を規律訓練の枠組みをもって適応させる。
権力と言うものを国家や資本家などに限定していた以前の考え方を否定し、
人間社会そのものが既に権力構造であり、その網の目からは逃れられない
という本質を指摘したフーコーの功績は不滅だ。
一般に社会という構造に適応できない性質をもった者たちは排除される。
そのことを不当に思いつつも、意識して規律訓練に適応できる人たちと、
意識して努力しても適応できない人たちの差は大きい。(ここって重要だと
思う)
公認の障害者以外は前者を適用されるから、「誰でも出来ることがなぜ出来
ない。それはこころがけが悪いのだ。」ということになってしまう。
「こころがけ」によって適応できた人と、出来ない人に分かれたとすると、
出来ない人は本来は何らかの他の原因が想定されないといけないのに、「
まだまだこころがけが足りない。修行が足りないだけだ。」となってしまう。
きりがない。そして本人もそのつもりで行動するから、余計こじらせてしま
うのかもしれない。
世の中に差別はたくさんあるが、ホンネはともかく建前ではいけないとされ
ている差別。その中にしかし、(公認障害以外の)社会適応困難者への差別は
含まれていない。堂々と差別していいことになっている。なにしろ「本人の
努力不足」「人間性の問題」とされてるのだから。救いようがない。
今世紀は始まったばかりだが、今世紀の終わりにはこのあたりの認識は変わ
っているだろうか・・・。
すみません。職名出せませんが
職場環境・性格攻撃はげしく同意します。今日も3回、思いっきり大声で言われた。
「はー」「ふー」「分からん」。「何言ってるかさっぱりや。」「あんまり
変なことせんといて」。
仕事好きだしこれしかないと思ってるから、笑ってたけど、ずうっと、悔しくて悔しくて。カミングアトはきちんとしてるし、アスペの話もしょちゅうしてるのに。ドナさんだけがアスペじゃないんだちゅうの。一応ドナさん本読んでる上司なんだけど。
ヨーロッパのセクシャル・マイノリティー事情について、私が採取した、2、3の事柄。
私が滞在したイギリスの町の図書館(といっても規模的にはわが国の国立図書館にも匹敵しそうな、大航海と奴隷売買で潤った、15世紀の建造物である)のインターネット・ルームのカウンターで働いていたのは、ひと目でゲイと分かるファッションの青年だった。また、私のステイ先のホストマザーの息子の友人(9歳。しかし西欧の子供は精神発達が早いと聞くけれど、外見的には6歳ぐらいにしか私には見えん)が、「ボクのお姉ちゃんは、女の人と結婚したんだ」と言っていました。まさに三軒先は、同性愛者の家庭、という時代が、イギリスではすぐそこに来ているのかな。私が「いいことなのか悪いことなのか、私には分からない」とコメントすると、「私もそう思う」と、ホストマザーも答えていました。
私の知人の娘さんも、今リヨンで勉強していて、借りているアパートの隣には、同じ学校に通う、ギリシア人のゲイの青年が住んでおり、女友達と付き合う感覚で、一緒に買い物に行ったりしているそうです。しかし学校には、ゲイをはげしく嫌悪する女教師がいて、授業中、みんなに答えさせる時、その青年だけ当てないなど、あからさまな差別をするそうです。
まだまだ問題は尽きる事がないようですね。
シロさん wrote:
>わたしは中学生のとき、同級生のある男の子とある女の子に夢中になりました。いま思うと、その男の子に対しては一体化していて、その女の子に対しては憧れていたと思います。
「不安定になってしまう」ということなので、こんなことをお聞きするのはいろいろマズイのかも知れないのですが、その男の子と女の子は、恋仲だったのでしょうか? もしそうだったとしたら、私の場合性意識のあり方というものはずっと遅かったけれど、自分の大学時代の人間相関に似ているかも知れない。
おおバカなのは、その時私は、その男性と女性が、付き合っているということや、その男が私に憧れてもいることですら、一向に読み取れなかったこと。あきれるほどに、成熟が遅れているのだな、と、自分でも思う。
今思えば、男はADHD、女はASだったのであり、社会に違和感を持つ同士で、共に惹かれあっていく、フェイタルな間柄だったのかも知れない。
>自分がレズビアンであることと、自分が広汎性発達障害(PDD)であること。その2つが子どもの頃からのわたしの周囲との違和感の原因であり、その2つは(違和感の原因として)絡み合っていた/いると思っています。
かんじんなのは、自分のあり方で、自分が性的にも精神的にも満足できている、という現状認識なのでしょうね。
ヨーロッパの場合、みんなフーコーを読んでいるせいなのか、同性愛の文化は、日本よりやや成熟しているといった空気があります。「オマエがあくまでそういう格好するんだっていうなら、まあ、それでいいんじゃないの。俺にはとうてい理解できたもんじゃないけれどね」っていう程度の、社会的認知が、一般的なのかな、という、あんく的結論です。
あちゃぁさん wrote:
>アスペでまともに仕事している人はすごいですね!
>僕なんか、中華料理店や電気店の配送員(通勤にバイクで40分もかかる)に就職したんですが、どちらも1日しか続きませんでした。いや、ほんとにきついですね。こんな激務、僕には到底勤まりません。
>ストレスかからないように適当にやってると嫌われるし、がんばるとやたらとストレスかかって腹痛くなるわでやってられません。
>こんなこと書いている今も、小さな音で音楽きいてるだけで隣の部屋から咳払いで警告してきます。
>あんな仕事を1ヶ月も続けるぐらいなら死んだ方がマシです。死ぬよりはホームレスの方がいいです。
>なんかアスペに向く仕事ってないですか?
>お寺に入ろうかと思ってるんですが、お寺の仕事はやっぱりきついですか?
>今日2日目で遅刻して悪口言われるのが怖くて帰ってしまったんですが、もう金がなくて切羽詰ってます。というよりも、もう完全にあきらめてるんですけどね。
>頭のいい皆さんの意見を聞かせてもらえたら、助けになるか元気が出るはずだと思いますのでレスください。
難しい問題ですね。
例えば手の不自由な人に手を使う仕事は出来ないし、視力のない人に目を使う
仕事は出来ない。でも、対人関係さえ良好なら結構仕事ってあるもんです。乙
武さんにしても、結局対人能力であれだけ対応できることを見れば、人間の基
本は体より「こころ」でしょう。つまり人のサポートを得るにも、人に好かれ
るとか何かしら対人能力が要求されますよね。
しかし、アスペなど対人能力そのものに問題がある場合、おそろしく難しいも
のがありますね。身体同様の「対人機能の障害」とは捉えられずに、人格や性
格、「人間性そのもの」のが「悪い」とされ、徹底的に嫌われますから。
知恵遅れなど明らかにわかる場合はまだ障害者として公に認識されるだけまし
で、いじめにしてもブレーキ(たとえば級友がいじめても先生はかばってくれる)が
あります。ところがアスペなどの場合はそれもなく、孤立無援の状態に置かれます。
それどころか逆に「お前が悪い。その性格変えろ。」ですから!!。
そこらへんが非常にきつい。自己嫌悪、自信喪失のスパイラルになるのが普通です。
仕事と言うのは社会そのものです。社会の仕組みがアスペなど対人能力
不自由者を(建前ですら!)受け入れないんですから、絶望的だと思ってます。
自分も実際仕事して見てわかったのは、どんなに向いてるような仕事に見えても、
実際入って見ると大違い、この世に我々に向いてる仕事なんてないと悟らせ
てくれます。お寺なんて社会の縮図そのもので、ほかのところよりひどいんじゃ
ないですか?想像ですけど。
ただでさえ不況で仕事がないのに、アスペやLDなんて、相手にされないのがオチ
です。自分の経験からはそうですね。今やってる仕事もそろそろ限界かなと感じて
る今日この頃です。40歳にもなってこんなこと言ってるんだから、やってられなく
なります・・・。わけあってどんな仕事か言いたくないので言いません。
ぜんぜん参考にならない意見ですみませんでした。
アスペルガーの館をご覧の皆さん、はじめまして。僕は「ホームページのフリース
ペースBlue Pencil」の管理人であるサンダーバード・のぐっちです。僕
ももちろんアスペルガー症候群のひとりで、プロフィールのコーナーにて自分がアス
ペルガー症候群であることを紹介しています。いまのところ、このプロフィールのコ
ーナーをはじめとして僕の自己紹介がほとんどのHPですが、新しいコーナーがほし
いなどご意見・ご感想がありましたら掲示板に書きこむかメールをください。とりあ
えず、掲示板をご用意しましたのでここに書き込んで参加者同士で交流してください。
ただ、ここで皆様にお願いしたいのはフリースペースである以上アスペルガー以外の
障害や悩みを持っている人も訪れていますのでそこのところをご了承願います。そこ
のところをご賢察のうえ、楽しいフリースペースづくりをしましょう。アドレスは、
http://www7.ocn.ne.jp/~ynoguchi です。ゆくゆく僕は本物のフリースペースを
つくりたいを思いますので、そこのところもご期待ください。それでは、皆様のアクセ
スをお待ちしています。
星子さんにレスつけるの、初めてだな。こんにちは。
関係ないけど、わたし星子さんが「男」なんだと、つい最近まで思っていました。
星子さんの「ちょっとまってくれ〜」っていう感じ、わかります。それが、わたしがあんくさんへのレスに「自閉症圏GLBTはNT-GLBTと違う」と最初に書いた所以(ゆえん)です。まあ「違う」といったって、色々個人差はあるでしょうが。
ホルモン的に恋愛状態になる(性的欲望を感じる・この人とセックスしたいと思う)ことはわたしはあるけれど、恋愛関係というややこしいことはパスです。恋愛関係を育てるとか。
誰かに夢中になることはある。でも、夢中である感じが楽しいだけ。自分の気まぐれで。時には目の前にいて話している女のひとの唇(の色)に惹きつけられることはあるけれど、キラキラ光るものに惹きつけられるのと似ているかもしれません。
そんな感じだけれど、わたしは自分をレズビアンと思っています。ホルモン的に恋愛状態になったり夢中になる相手が女性だから。それは、わたしの場合ははっきりしています。もうそれは、わたしの生き方になっています。で、セクシュアルマイノリティとして生きることが好きです。
私は・・・性欲は元々存在していないし、
(多分生き物のソレがなんたるモノかも分かっていないだろう)
綺麗なモノなどには身体が震える洗練される興味・興奮はあるけど、
なんか、自閉症の人がそんなハナシしてるのが、なんか不思議じゃ・・・・。
私は例えば、色恋沙汰の演劇などを見てても自分が「笑い」を吹き出す瞬間などの
感性が周囲の普通の人のソレとまったく違ったものなんでいつも不思議でした。
なんでも笑ってしまうんで困ってた事もありました。
まわりの皆が真剣な時ほど爆笑してた十代でした。
中学の時なんか保健体育で男性の精子構造のビデオを見て皆まじめに「生」につい
て映像のテレビに釘付けになってる時、わたしはそのチッポケな虫みたいな
精子が一匹、二匹奮闘している流れがオッカシクッテ静まり返ってた教室で、
なんともスゴイ勢いで「ブブブーッ!」と吹き出してしまったのでした。
色恋沙汰劇を見ててもオカシイんです。「へー!・・そ、そうなるのか!」
というまったく知らない世界を違った処から見る面白さです。←昨日見た
で、観客の反応もひっくるめて面白いのです。
もう、ベッドシーンなんかめっちゃんこオカシクって「何じゃありゃ!あはは!」
なんです。飯食ったりゲロ吐いたりする上の肛門と言われる「口」同士をくっつけ
る口付け行為なんか目茶苦茶謎できもくてしょうがない。。
最近埼玉県で物議をかもしているのが、浦和・与野・大宮の3つの市が合併してできた新県都「さいたま市」の区名問題です。そう、市側が提示した「見沼区」という名に対して、「沼」というのは、土地が軟弱・田舎くさい・じめっぽいなど、地域のイメージダウンにつながる、「見沼」私たちのところから離れているのに…ということで、住民が猛反対しているというものです。
市側の、歴史的な背景上「見沼」という名前を残したいという意見と、住民側の意見を加味して、私は「みぬま」の漢字表記を、この際「見沼」から「美しい沼」という意味の「美沼」に改めるのがよいのでは、と私は思います。
歴史的な背景とは、次のようなことです。「見沼」の地名の起こりになった、「見沼田んぼ」は、江戸時代の中頃、八代将軍徳川吉宗の新田開発によって作られた水田地帯です。水田地帯が開拓される前は、そこにはやはり溜池で、文字どうりの「沼」でした。大雨のたびに溜池の堤が切れ洪水が出たといいます。
厄介者の沼でしたが、それでも下流の村では稲作のための貴重な水源だったので、新田開発のために沼を消すには、どこかから水を引く用水を取る必要がありました。しかも、その工事は次の年の田植えに間に合わせるため、半年あまりという短期間で行わなくてはなりませんでした。
幕府は、数学に著しく長けていた紀州出身の井沢弥惣衛に、その用水の設計を任せました。弥惣衛は詳細に地形を分析し、現在の行田市の利根大堰から見沼に至る
全長80km以上に及ぶルートを設定しました。川の下にトンネルを掘って用水を通すという、当時としては珍しい工法が取られた場所もありました。大勢の人が協力して、用水の工事は滞りなく進み、翌年の秋には沼は穀倉地帯になりました。
弥惣衛は更にすごいことをやっています!彼は、用水を米を江戸へ運ぶための運河としても役立てたいと、見沼付近で東西2本の流れに分けた用水とその間を流れている芝川を、「通船掘り」という水路で結ぼうとしました。しかし芝川と用水との間には、数mの高低差があり、そのままでは、船が通れないどころか、貴重な水が芝川に流れていってしまいます。そこで、水路を水門で仕切り、水門と水門にはさまれた区画の水位を調節することによって、船を通す仕掛けを作りました。これは「閘門式運河」という方式の運河で、現在の中米にある「パナマ運河」はこれと同じ方式で作られています。パナマ運河ができたのは、通船掘りができた時から、はるかに後の時代になってからです。
このような歴史がある「見沼」ですが、最近は自然観察の場として、障害がある人たちの園芸療法の場として、コンサートの会場など様々な面で、徐々にではありますが知名度を上げてきています。私自身も、「そのうちオフ会でハイキングするために、下見しとこうかな…」と思う場所です。
反対しているのは、恐らくは他県から移り住んできた人たちだと思いますが、生まれも育ちも埼玉県である私としては、ぜひ「美沼」として、環境を重視した・人々がやすらげる・美しい町に生れ変ることを期待します。
#仙台の「青葉区」より、「見沼区」はマシです。あそこは区と呼べるのは東半分だけで、西半分は本当にマジで山ばっか。温泉がありますが…
シロ wrote:
この掲示板で他の障害のことが発達障害に対して、時に対立的に独立的に語られることがあります。精神障害、セクシュアルマイノリティ、知能障害などに対して……。けれど、発達障害者は全体から見れば、多くはないけれど、他の障害者の中にも発達障害をかかえている人がいるのだということを時に考えます。
様々な2次障害を多く持つことも含めて、発達障害は独立性を持たないのではないかと思うことがあります。つまり、自らの障害をこうであると決めつけることが難しい、障害に対して、プライドを持つことが難しい。変な言い方かもしれませんが……。Aタイプは頭がいいとか、犯罪率が少ないとか、いい人が多いとか、少ないとかそういう決め付け方をすることが困難。できれば社会の中で、葛藤することが多かった自分について、何らかのアイディンティティやプライドを獲得したいと思います。けれど、自分を発達障害のカテゴリーに当てはめることでプライドを獲得するのは難しいと感じています。
発達障害であっても、社会的に活躍している人もいるし、そうでない人もいる。活躍している人を見て、あの人もまた自分と同じ障害者なのだと、慰められはしないのです。
けれど発達障害が独立的な障害でないことはやがて、他の障害や個性を受け入れる幅の広さにつながる要因になるかもしれません。
偏狭さに陥りがちな私ですが、発達障害を理解することが他の人の理解にもつながればと自らに期待しています。
セクシュアルティについては私もいろいろ考えることがあります。機会があればまた……。
すなふきん wrote:
>シペラス wrote:
>
>>私は専門家ではないので、確たることは言えないものの、自らの悩みとほぼ同一の悩みを有しているので、AS+ADDの可能性が高いだろうと思います。
>専門の医療機関で見てもらいたいですが、やはりこの分野に関しては得手不得手
>があるんでしょうね、病院によって。
>しかし、私の子供の頃はADHDもLDもASも、知られていなかったんでしょうか?
>何だか損した気分で・・。完全に放置状態でしたからね。わけがわからないまま
>ただ自分は努力不足だ、単なる甘えだ、そう思っていたし、周囲もそう思ってい
>たという現実。
ASは1990年代に入ってから、日本における存在がクローズアップされてきた障害です。したがって精神科の病院でも、福祉行政でも、教育現場でも、この新たに浮き彫りになった障碍のケアの模索をようやく始めたばかりです。
我が国では、ASを「精神障害とみなすべきか?知的障害とみなすべきか?」というところが、どうもおぼつきません。そのことが、障害者同士での軋轢になったり・障害者手帳の取得の妨げになったりということもあります。
最近ようやく、国が私たち軽度発達障害児・者の存在に気づいてくれたらしく、今秋から徐々に、「自閉症・発達障害者支援センター」という機構を、十数個の県
・政令指定都市に設けるようです。
シペラス wrote:
>私は専門家ではないので、確たることは言えないものの、自らの悩みとほぼ同一の悩みを有しているので、AS+ADDの可能性が高いだろうと思います。
専門の医療機関で見てもらいたいですが、やはりこの分野に関しては得手不得手
があるんでしょうね、病院によって。
しかし、私の子供の頃はADHDもLDもASも、知られていなかったんでしょうか?
何だか損した気分で・・。完全に放置状態でしたからね。わけがわからないまま
ただ自分は努力不足だ、単なる甘えだ、そう思っていたし、周囲もそう思ってい
たという現実。
脳機能の問題と言う可能性すら考えられず、頑張ればいつか報われると思ってい
たのに、一向に根本的問題は改善されず・・・。こんな人って多いんでしょうね。
案外。
あんくさんへ、追伸。
あまり自分のことを書き過ぎると不安定になるので用心しながら書きます。
わたしは中学生のとき、同級生のある男の子とある女の子に夢中になりました。いま思うと、その男の子に対しては一体化していて、その女の子に対しては憧れていたと思います。
自分がレズビアンであることと、自分が広汎性発達障害(PDD)であること。その2つが子どもの頃からのわたしの周囲との違和感の原因であり、その2つは(違和感の原因として)絡み合っていた/いると思っています。
わたしは、自分がPDDであると発見する前にセクシュアルマイノリティのコミュニティでそれなりに居場所を持つことができたので、PDDとわかったときも、自分はマイノリティとしての肯定感を持ちやすかったのではないかと感じています。(この肯定感は、自閉症圏の症状でわたし自身が苦しんだり困難を抱えたりすることとは別次元の話です)。
> いやいや、現実のほうはまったくもって確かなのだ。
まったくもってそのとり、現実は現実だ。
私の言い方が曖昧でした、すいません、倒錯しているのではありません。
現実の世界に出てくる多くの人は
本質的に物事を把握する事が少ない
自分をごまかさずに行動する人が少なく
私が理解できない行動にでて理解できないことをするんです。
前述のキリコさんが困惑されているような日常も含めます。
例えばその人たちの言動に振り回されているうちには
私達は生きた心地もしません
緊張と恐怖で心身共に衰弱してしまいます。
話の続きで人間関係で例えて、
私は人の言動だけで判断することをやめました、
その人の本質に目を向けそこから感じた
事を信じています、その方が確実です、
例えば私がキリコさんの立場で相手の本質に集中すると
Mr.Motoさんがおっしゃる男の立場がわかる
その場で自分の正義を貫き相手にその態度は間違っていると
叩きのめすこともできるが
相手の弱さもわかるので自分の気持ちを喪にふすのである
このレベルの事柄は「相手の気持ちを察する(して思いやる)」などの言葉で
一般の多くの人になれ親しまれている(らしい)。
ここで他の人があまり気付かないことまで察しがつくのである
本質をみようと思ったところで相手の心のなかの事とか
体験したこととかも意識に入ってくるのである
相手の心のなかでハミングしてる歌をききとり
一緒に声をあわせて歌ってしまったりすると
かなり相手は慌てる。
(今までわたしはそれが変なことだとはっきり認識できなかった、が
一般的な人が「霊感」と云う察しのバージョンはいろいろある。)
> で、その現実把握のプロセスというのはまさしく「霊感」とでも言うべきものであり、「わかる」ということが実際どういうことなのかは、認知心理学だの大脳生理学だのといったいろんなアプローチによって研究されているにもかかわらず、まったくもって謎である。
(わたしのこだわりと探究がそこにある、
浮かんでは消えて行く疑問とひらめきと様々な混乱
アスペルガーとか注意欠陥障害を
追求すればなんらか答えが出てくるだろうと精神科にいった、
診断をくだしてほしいわけでもなく、薬が欲しいわけでもない
できることならすべてシャットアウトしたい
私の意識はどこからきてどんな人間なのか障害ならば
医学的にどうなってるか理解できなければどんな薬でも
本質の解決にはならない、と医者に真剣に相談してしまった。。。。。
まったく後悔先にたたずである)
> われわれが「そう思う」ことで、「現実」は「そうなる」。語ること、信じることの重要性は、そこにある。
まったくその通りです、音楽家は奏で、画家は描き、作家は書く、
政治家は理想をかかげ、科学者は発明する、不器用な私はどうするか?
自分の幸せを感じ自分らしく生きるのが精一杯だ。
内面的な混乱が治まったら、
また、ゼンマイ仕掛けのように動き出すかもしれない、な。
こうもりです。就職騒ぎで連絡が遅れてしまいましたが、オフ
会の告知をしたいと思います。
(集合)
12月8日(日)11時30分にJR御茶ノ水駅聖橋口改札口前
に集合。緊急連絡先などは参加者にDMにてお知らせします。
(1次会会場)PM12:00〜4:00
カラオケ・スタジオルーム『パセラ』
30分/100円ワンドリンク制。20人部屋を取っておく
予定です。パスタ・ピザ・ラーメン・カレーなどを昼食で取る
ことが可能です。
(2次会会場)PM4:00〜6:00
1次会会場のすぐ近くにある喫茶ルノアール小川町店
それ以降、希望があれば3次会もある。
(申し込み)
こうもりのメール・アドレスseijinld@msg.biglobe.ne.jp
まで。緊急連絡先などをお伝えする必要上、できるだけDMで
申し込んでくださいませ。
皆様とお会いできることを楽しみにしております。では
わたしはこのことをずっと気にかけていたので、ちょうどいい機会だと思い、書きます。
NT(神経学的多数派)の中に、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー・トランスセクシュアル(そして、その様々なグラデーション)の人たちがある程度の割合でいるように、ASやPDDやADD/ADHDやLDの子どもたちの中にも、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー・トランスセクシュアルの子どもたちがいます。
まったく問題のないことです。一つの生き方であり、在り方であるのだから。いまの社会の中では苦労を負うところがあるのはほぼ確かだけれど、お子さんたちの発達「障害」をありのままに受け入れたように、セクシュアリティのこともありのままに受け入れ、無理解や誤解と、ともに闘ってあげてください。情報も、ヘンなものも出ているので、いいものを探してください。わたしは、そういうサポートのネットワークを徐々に作っていけたらいいなと思っています。
あんくさんへ、2つのことを書きます。
1つは、わたしは「GLBT=ゲイ・レズビアン・バイセクシュアル・トランスジェンダー(トランスセクシュアル)・そうかもしれないと自分に問いかけ中の人、かつ自閉症スペクトラム・自閉症周辺の人たち(ADDなど)」の海外のメーリングリストに入っていて、平均60%ぐらいの理解で英文を眺めているのですが、そこでしばしば話題になるのは、NT(神経学的多数派)のGLBTと自分たちは違う、ということです。NT-GLBTコミュニティの中ではAC(Autistic and Cousins)ということで違和感があるし、ACコミュニティの中ではGLBT+questioningであることで、違和感があるし、ということ。これについては、わたしも大いに関心があり、考えていきたいと思っています。
2つめは、同性愛者で、かつトランスの人がいるか、ということについて。います。女から男(FTM)のTSでゲイの人は、性別適合手術などをする前は、見かけ上はヘテロだし、男から女(MTF)のTSでレズビアンの人も、パッシング(望みの性で通用する)前は、やはり見かけ上はヘテロです。でも、その人たちは、性的指向としては、ずっと同性愛であるわけです。
性自認も性指向も、様々な揺れやグラデーションがあり、明確なアイデンディティを探し求めている人もいれば、特定したくない人たちもいる。セクシュアリティのことって、ホントおもしろいと思います。
すなふきん wrote:
>はじめまして。40歳男性、本人です。
>AC、ADHD、LD、そしてAS。最近知ったこうしたもののうち、私の場合どれに
>あてはまるのか判断できないのですが、該当点が多いので、一度精神科へ
>行った方がいいでしょうか?
>症状としては以下の通りです。
>
>・幼少期から他人と関わるのが苦手。
>・特定の科目が苦手。(算数、漢字書き取り)
>・運動が大の苦手。(球技、水泳など。特にチームプレイは苦手)
>・協調行動が苦手。非言語的なサインが読み取れない。
>・小学校でひどいいじめに遭った。原因は緘黙(学校でしゃべらない)。
>・何においても自己評価が著しく低い。
>・友達が出来ない。
>・恋人が出来ない。
>・一度にいくつかの指示が出されると対応できない。
>・整理整頓が苦手。体系だった書面の作成が苦手。
>・仕事などで飲み込みが悪い。時間がかかる。
>・まとまった報告、説明が苦手。順を追ってうまく説明できない。
>・型どおりの行動になりやすい、パターンが崩れるととたんに不安になり、
> 疲れやすくなる。
>・いやなことは徹底的にいやがる。辛いことを避けたがる傾向。
私は専門家ではないので、確たることは言えないものの、自らの悩みとほぼ同一の悩みを有しているので、AS+ADDの可能性が高いだろうと思います。
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