アスペルガーの館の掲示板(旧)
あなたは 番目のお客様です。
《アスペルガーの館》に戻る /
新しいアスペルガーの館の掲示板
こうもりさん wrote:
> 少なくとも、診断マニュアルに記載されているような意味でのLD
>(読み書き計算の障害)ではないような気がします。算数が極端に苦
>手というのがあれば、該当するかもしれませんが。
>
ひとつ言い忘れていました。私は今でも算数にめっぽう弱く、数の感覚に問題
があります。数学的な概念もやたら苦手です。
それと小学校時代は漢字の書き取りがひどく苦手でした。漢字が覚えられなか
ったのです。これは中学ごろには解消したのですが・・。読書は好きだったの
で、読むことには問題はないのですが。
あとは字がへたということ。字そのものもへたですが、たとえば字の並びも
ゆがんでしまってまっすぐ書けないことが多いです。葉書に宛名を書く場合、
斜めになってしまったり。
こうもり wrote:
> こうもりです。
>
>すなふきんさん wrote:
>
>>最近ふと思うことは、アスペとLDってよく似てるような気が
>>しますが、基本的にはどこが違うんでしょうか?
>
> 診断マニュアルに沿って説明するならば、ASは社会性や興
>味の限局などの障害,LDは読み書き計算の障害ということに
>なります。当然、両方とも抱えている人がいてもおかしくはな
>いのですが、その場合は診断の優先順位に従って、「読み,書
>き,計算の困難を伴うAS」と診断されます。
> ところが、非言語性LDの専門家の中には視空間認知の困難
>を重視する立場があって、非言語性LDの当事者の中には視覚
>的な状況判断の悪さから不器用さ,方向感覚の悪さ,対人的な
>状況判断の悪さを抱える人が多いという説が出されています。
>この結果、非言語性LDには大雑把に分けると3つの説が発生
>しています。
『視空間認知の障害≒眼球運動の障害』という図式が、AS傾向の人の場合、案外成り立つのではという感じが私はします。
眼球の運動は、脳によって制御されているのですが、統合失調症の場合、既に
『読書をしている時のなど何か連続性のあるものを追視することや、動いているものを追視した後、その物体と左右対称の位置へ目をやるという、アンチサッケード運動などが阻害される』
という異常が発見されています。
私もNIVRという施設にいたときに、目の検査をうけたところ、『注視障碍』であるということが判明しています。
あと無視できないと思うのが、話している時に人と目線が合わないという人には案外、『息を吐き出している時に、近い視界で複視が生じてしまう』という異常があるかもしれません。私にはそんな感じの異常もあります。
こうもりです。
すなふきんさん wrote:
>最近ふと思うことは、アスペとLDってよく似てるような気が
>しますが、基本的にはどこが違うんでしょうか?
診断マニュアルに沿って説明するならば、ASは社会性や興
味の限局などの障害,LDは読み書き計算の障害ということに
なります。当然、両方とも抱えている人がいてもおかしくはな
いのですが、その場合は診断の優先順位に従って、「読み,書
き,計算の困難を伴うAS」と診断されます。
ところが、非言語性LDの専門家の中には視空間認知の困難
を重視する立場があって、非言語性LDの当事者の中には視覚
的な状況判断の悪さから不器用さ,方向感覚の悪さ,対人的な
状況判断の悪さを抱える人が多いという説が出されています。
この結果、非言語性LDには大雑把に分けると3つの説が発生
しています。
(1)特異性算数障害に代表される非言語性の学力の困難
(2)非言語性の学力困難+視空間認知の障害
(3)視空間認知の障害のみ
でASとの関係が特に問題になるのが(3)の意味での非言
語性LD。読み書き計算の障害がないので、診断マニュアル上
のLDには該当せず、ASと重なる内容も極めて多いのです。
視空間認知の困難は多くのAS人が抱えていて、AS人の不器
用さの原因となっています。両者を同じものとする説もあるぐ
らいです。わたしの場合は「どちらにも該当している」が診断
の優先順位でASと診断されました。この掲示板で診断済みの
人の中にも、診断をした医師によってASと診断されたり非言
語性LDと診断されたり診断が分かれるような人も多いと思わ
れます。
>たとえば印象の違いとか行動面の違いとか。
>私はわりとホンネでは人と親密に付き合いたいな、心が通じたら素敵だろうな
>と考える方なんですが、心が不自由なのでそれは適わないだけなんです。
これで両者を区別することはちょっと無理そうですが、自閉
圏の人の方が孤独に強いような気はします。
>ます。それに基本的に言葉だけのやりとりより、いろいろなしぐさなどを交え
>た、言葉以外の雰囲気や空気というのをつかむのが苦手なんです。言葉だけな
>ら詳しく説明してくれたら理解は出来る方ですが。
これもAS,非言語性LDと診断された人どちらにも見られます。
>最も苦手なのが体育会系のノリってやつです。暗黙のルールをみんな共有する
>あの感覚は理解できません。方向音痴もひどいのですが、それと関係があるの
>でしょうか?
視空間認知に困難を抱える場合、周囲の動きを読み取れないという
意味で、体育会系の世界はしんどいです。これは視空間認知に困難が
ある場合、ASであっても非言語性LDであっても苦労すると思いま
す。
>私の場合どちらに近いですかね。
少なくとも、診断マニュアルに記載されているような意味でのLD
(読み書き計算の障害)ではないような気がします。算数が極端に苦
手というのがあれば、該当するかもしれませんが。
社会性や視空間認知に困難を抱えているという意味でASか(3)
のタイプの非言語性LDには該当しておられる可能性はあります。後
は専門家の診断基準などにも左右されるでしょう。検査を受けてみて
くださいまし。
私はまだ診断を受けていないのでアスペなのかLDなのかADHDなのか何だ
かわからないのですけど、最近ふと思うことは、アスペとLDってよく似てる
ような気がしますが、基本的にはどこが違うんでしょうか?
たとえば印象の違いとか行動面の違いとか。
私はわりとホンネでは人と親密に付き合いたいな、心が通じたら素敵だろうな
と考える方なんですが、心が不自由なのでそれは適わないだけなんです。
自分の印象を人に聞いてみると、それほど変わり者というより、真面目でおと
なしい人という感じがするみたいです。変人というイメージではないみたいで
す。
それに、ごく親しい人にはよくしゃべります。しかし人間の数が増えて関係が
複雑になってくると人格が変化したみたいに全く溶け込めなくなる傾向があり
ます。それに基本的に言葉だけのやりとりより、いろいろなしぐさなどを交え
た、言葉以外の雰囲気や空気というのをつかむのが苦手なんです。言葉だけな
ら詳しく説明してくれたら理解は出来る方ですが。
最も苦手なのが体育会系のノリってやつです。暗黙のルールをみんな共有する
あの感覚は理解できません。方向音痴もひどいのですが、それと関係があるの
でしょうか?
アスペと診断された方、LDと診断された方、思い当たるふしはないでしょう
か?私の場合どちらに近いですかね。
風呂糸です。
横レス失礼いたします。
僕も飛行機が離陸していく光景を見るとなんとも言えない気分になります。
そうかあれは恋心だったのか。。。?
あと上野駅のような行き止まりのホームから列車が出て行くのを見るのも好きですね。というか行き止まりの線路のあるホームが大好き!
数年前に上野駅の線路の終点部に、衝突対策の巨大なダンパーがついたときには自分の長年の懸案が叶ったので少しうれしかったです。でも風情は無くなってしまいましたが。。。
あとは静かな天気の良いけだるい午後に、空を飛行機が飛んでいく音とか。
プロペラ機の音も風情!?があっていいですね。
しかし最近は車の騒音がひどくて、前ほど飛行機の音は好きでは無くなってしまいましたが。
ではでは
風呂糸
明日からパートに出るのに、準備をしなけりゃいけないのに……パソコンにかじりついているわたしです(苦笑) やっと一人だけの時間がとれたんだから、もうちょっとこのままでいたい。←これって“逃げ”なんですけど、自分にとっては大事なことだと感じています。自己暗示でがんじがらめになる前に、リラックスしておかねば!と理由を正当化しておくわけです。
キリコ さんwrote:
>あ〜リタリンは確実に効果は感じますよ。副作用は全然、感じないし。お勧めです。
>直接アス云々に効く訳では無いしヘタをすると、よりアスらしさが出る場面も有るけど。
SSRIとリタリンの併用を主治医にお願いしてみようと思っています。と書いたところで、予約の電話をしなければいけないことを思い出してしまった。汗、汗、たら〜り……。やるべきことがいっぱい!
動かなければ! 間に合わない! というわけで、明日からは土日祭日以外は夕方か夜しか来られなくなりますけど、また来ますのでよろしく。あ〜、何書いてんだか……!
こんにちは、シロさん。標題を変えました。
シロさん wrote:
>あさかぜさんって、シンガポールに居たことがあるのですか。
いえ、単なる旅行です。ツアーで三回行きました。大抵の日本人ツアー客は団体行動かつるんで歩くことが多いですが、わたしは基本的に一人歩きが好きだったので徒歩で歩き回りました。危険度認識も低かったのでしょうね、シンガポールは世界一安全な国という謳い文句を当時は信じていました。実際に、危険な目には遭いませんでしたよ。二度目のときの頭痛と三度目のときの風邪で、当地ではメジャーなピル「パナドール」のお世話になりましたけど(笑)
>・・・勝手に自分の中で連想が続いて書くと、他者には脈絡がないように見えるかな。(接続詞とかもそうですよね)。しかも、勝手にピルカッターから話題がかわっているし。
わたしは気になりません。自分もしょっちゅうやっていることですから。
シンガポール旅行を思い出すと、どんどん連想が続いてしまいます。三度も行ったのは、チャンギ国際空港が気に入ってしまったからだし、国際列車の発着するシンガポール駅をどうしてもこの目で見たかったから。わたしは鉄道ファンなんですよ。でも、航空機の離発着を見るのも好きです。
どちらもディープなファンではないけど、列車が走るのを見たり航空機が飛ぶのを見たりするときの、胸がすうーっとしてキュンとするような感覚が大好きです。こういうのって、もしかしたら……女性が男性に恋心を抱いたときの感じに近いのではないかな〜と、個人的には思っています。よく“甘くてせつない恋心”って耳にするじゃないですか、それってわたしにとっては列車や航空機に魅せられたときの感覚ではないかという気がするんです。人に対しては感じたことがないものですから、よく分からないですが。
あらら、本当に話がはずれてしまった。失礼しました。
>わたしは高校生のときに1年間アメリカに留学をして、帰国後に、というか、アメリカにいる間に、適応の限度が超え、「問題」が出てきたように自分では思っています。いま思うと、非常に非常に、アメリカでの生活に戸惑った。でも当時は、そういう認識はありませんでした。自分が自閉圏だと知ってから、あの留学体験が実に自分にとって大変であったのかということが感じられるようになりました。もし留学をしていなければ、大学までの日本の教育制度の中では、わたしは不適応を起こさなかったかもしれないと思います(でも、いずれ起こしたでしょうが)。
うーん……未診断のわたしが言っていいものかどうか分かりませんけれど、生活環境が変わることによって発達障害が顕在化する例は多いという気がします。逆に、発達障害を持っていても環境によっては不適応を起こさずに生活できている場合も多いのではと推測できます。
どこでどうなるかは、人それぞれなんでしょうけれど。わたしは海外で暮らした経験がないので想像するだけですが、ことばを含めて生活環境が一変することは、たとえ障害のない人でもかなりエネルギーを消耗するのではないかと思います。もしわたしがシロさんと同じく高校生のときに留学していたら、おそらく一年もたずに不適応を起こして帰国していた可能性が九十九パーセントくらいはありそうです。自分の過去を思い起こしてみての感想ですが。
ちなみに、わたしが不適応を起こし始めたのが高校生のとき。今から考えるとよく卒業させてくれたなーという気がします。短大に行ってから引きこもり・昼夜逆転生活をほぼ一年近くしています。留年して再び一年生になったときに鉄道研究会に入ったことが、わたしにとってはひとつの転機になったと思っています。
こうもり wrote:
> なるほど、ちょうどその保健婦さんがジョブコーチみたいな役割を果
>たしてくれて、職場内の環境調整なんかもしてくれたんですね。
う〜ん、そう言う訳では無いんですけどね(-_-;)
丁度その時期、仕事でヘルプしてくれてた人の契約が切れるということが重なって彼女が居る間に何とか上司にアプローチしなければと焦っておりました。
会社の新しく来た産業医と相性があまり良くなく(私が彼女に対して対人恐怖を持ってしまったので)その件についても会社関係の医療機関の精神科医に相談などをしておりました。
助けてくれる人がいなくなるとどうしようもなくなるので、保健婦に対しても対人恐怖があるのだけれど、もう猶予が無く診断結果とヘルプの人が居なくなる事を説明してそういう運びになった次第です。
私は自分とか変わりない人間に対して対人恐怖を抱く事はありませんが、かかわりのある人間に対しての対人恐怖があるんです。(だから自分が必要な時意外はなるべく放置されてる方が気が楽なんです)
> でも、個人的には特に大人の障害者支援で一番重要なのは環境調整だ
>と思っています。でもこれは周囲がASを理解する環境がないと不可能
>なんですよね。この辺りにこの掲示板に来ている多くのメンバーが抱え
>る苦悩があります。
それはどの障害でも同じですよね。
それをどうして行くのかは自分が周囲に(医者や家族や友人や周囲の人たち)相談して働きかけないといけないんですけどね。(相手は障害を持つ人が何が大変なのか計り知れませんからね)
> 支援という観点から見ると、AS,ADHD,LDなどの発達障害は
>弱いというのは理解できます。診断だけがあって、公的支援がないとい
>う状態と言ってもいいでしょう。また、これらの診断が当事者(障害者
>本人)を保護する機能を果たしていない(逆に危険視されてしまう場合
>さえある)というのも確かに問題です。
確かにそれは同感です。
公的支援と言っても障害のレベルでかなり違いますけど…(身体障害でも色々大変ですけどね)同じ障害があっていくら「痛くて歩くのが大変です」と言っても、手術をしない限り障害者の認定がされないとか「??」と思う事は多々あります。
>asmanさんから見ると遠回りな道かもしれませんが、AS,
>ADHD,LDの社会的理解を求めるような活動も地道には続
>けております。
そんな事、全然考えておりませんし、そういう地道な活動をして行かない限りどんな障害にしても理解してもらえないと思っていますから。
>時間がかかるかもしれませんが、気長に待ってやってくださいまし。
社会的に障害のことを認めてもらうためには、正しい診断を受けてその上で社会に自ら訴えていかなければ、いつまでも社会に認めてもらうことなど出来ないのではと思っているのでそれを自ら実践しているだけです。誰も為でもなく、まずは自分の為でありそして未来の私たちである発達障害を持つ子供たちのためでもあると思っているだけです。
私も辛いことや色んなことが当然あるし、そういう時はADHD関係で仲良くなった友人たちに色々助けてもらったりしております。
それはそれで充分価値のあることだと思っておりますし重要な事だとも思っています。
> asmanさんが誤解されないように言っておきますが、asman
>さんは発達障害相互支援ネットワークのメンバーではありません。むし
>ろ、シロさんの方がネットワークでの関わりは長いです。
フォロー有り難うございます。
一応仕事は企業のリペアサポートのキーパンチャーをしております。
ごまどうふ wrote:
>私は、自閉的傾向がある(アスペと強迫神経症)の真ん中ぐらいだと2年前に診断を受けた26歳の娘を持つ母親です。短大を卒業後就職をしたとたんに二次症状を起こし病院にいきました。現在セロクエルとパキシルを飲んでいます。
>こだわりが強いこと。対人関係がうまくいかないこと。会話が続かないこと。時間通りに動けないこと。昼夜逆転している。肥満である。(食欲をコントロールできない。)一日中テレビ三昧で、ゴロゴロしている。こんな状態で、医師にいろいろアドバイスされても動けない引きこもり状態です。かといって暗い状態ではなく、一人で、本屋に行ったりするのがすきです。本人は、あまり病識がなく、将来に対する漠然とした不安はあるにせよ困っていない。わたしは、一緒に生活するうえで、長期に及んでいることもあり、今一歩が踏み出せなく困っています。山形県の鶴岡で、当事者の会や、親の会もなく、孤立しています。何か共有しあえるような仲間がいれば少しは心強いのですがとにかくなやんでいます。 母。
今急ぐべきは、彼女の場合、『安心していられる家以外の居場所』を確保することであろうと思います。ASの場合は、かなり難しい面もあるかと思いますが、精神障害者の社会復帰施設(ディケア・小規模福祉作業所)も、一つの落ち着き場所の候補となりえます。
私は、現在隣町の小規模福祉作業所へ通所しています。私以外の利用者はほとんど統合失調症による入院歴がある人ですが、体力のあるときは仕事に真剣に取り組んでいます。
先週あたりは、とある教材会社が、今春幼稚園を卒業していく子供たちのために企画した『手形キット』の中身の袋詰作業をしました。正月の休み明けそうそうの受注の仕事で結構大変でしたが、みな仕事をすることの喜びを心の奥底でかみ締めていました。
作業所は仕事の場であると共に、心の交流の場でもあります。結構ぐちを聞かされたこともありますが、それも「人間らしく生きたい!」という強い信念からくるものなのでしょう。ボランティアさんの講師で、音楽療法・書道・英会話も月に一・二かい開催されています。
ともかく一度保健所へ行って、このような施設を紹介してもらって、とりあえず複数個親子で見学してみてください。
あさかぜ さんwrote:
> 今日『教えて私の「脳みそ」のかたち』を読み終えて、試しに一度リタリンを服用してみたくなってしまいました。わたしの主治医は賛成しかねると言うでしょうが、自分では試してみる価値がありそうな気がしてきました。
あ〜リタリンは確実に効果は感じますよ。副作用は全然、感じないし。お勧めです。
直接アス云々に効く訳では無いしヘタをすると、よりアスらしさが出る場面も有るけど。
> (娘のことを心配しているはずなのに、興味がいつの間にか自分の方へ戻ってきてしまうあたりが、わたしらしいです……苦笑)
いえいえ、そんなもんでしょう。まずは自分から、が大事だと私は思ってます。
キリコさん、ありがとうございました。レスが遅くてすみません。
キリコさん wrote:
>「わかっているのにできない脳 1・2」にサプリ・食事療法などが詳しく出てます。
一度は読んでいるのに、なぜ思い出さなかったのか……自分が憎い。もう一度読み返してみます。
>まだまだ治療法も確定してない分野なので臨床例の多いお医者さんだと良いかと・・
こども病院の医師の限界も考慮しなくてはいけないとは思っています。より多くの人とかかわることで開ける道もあるでしょうし……自分の限界を知ることが娘の将来に役立てば幸いなんですけどね。
>「アスペルガー症候群の子供の理解;教師の為の指針」なんて貰いませんでした?
>すでに大人になってる私や子供には今更ですが結構、良い冊子ですよ。
貰いました。何部もコピーして学校へも持っていき、先生方に話をしています。今年は『アスペルガー症候群を知っていますか?』が届き次第、また学校で話す機会をもらおうと思っています。これも、すごく分かりやすくて良いです。
いろいろと、ありがとうございます。少しずつ元気を出していきたいと思います。
あさかぜさん wrote:
>シンガポールで一人歩きしていた時、実際に「錠剤という意味でのピル」を英語で使ってみた経験があるからかもしれません……。
発達障害に関係がなさそうな、個人的なことを訊いてすみません。でも、つい。
あさかぜさんって、シンガポールに居たことがあるのですか。
・・・勝手に自分の中で連想が続いて書くと、他者には脈絡がないように見えるかな。(接続詞とかもそうですよね)。しかも、勝手にピルカッターから話題がかわっているし。
と言いわけしつつ、
わたしは高校生のときに1年間アメリカに留学をして、帰国後に、というか、アメリカにいる間に、適応の限度が超え、「問題」が出てきたように自分では思っています。いま思うと、非常に非常に、アメリカでの生活に戸惑った。でも当時は、そういう認識はありませんでした。自分が自閉圏だと知ってから、あの留学体験が実に自分にとって大変であったのかということが感じられるようになりました。もし留学をしていなければ、大学までの日本の教育制度の中では、わたしは不適応を起こさなかったかもしれないと思います(でも、いずれ起こしたでしょうが)。
風呂糸さん、返事が遅れてすみませんでした。
風呂糸さん wrote:
>錠剤を半分とか4/1に割るのには、「ピル・カッター」「錠剤カッター」と言うものを使うと便利で確実ですよ。
>僕は東○ハンズで500円で買えましたよ。
ありがとうございます!
東○ハンズは近くにないですが、どこかで売っていないか探してみます。
>あとネーミングが。。。
>日本でピルというとごく限られた用途の薬になってしまうので、誤解しそう(^^;
>ピルをカットする!?みたいな。。。(失礼)
>英語で「ピル」とは錠剤一般を指すのですけれどね。。。
ネーミングに違和感はないです。言葉としては「ピルは避妊薬」の方を先に聞いたけど、印象に残らなかったというか頭に定着しなかったというか、そんな感じです。「ピルは錠剤一般」の方が先に頭に定着しました。シンガポールで一人歩きしていた時、実際に「錠剤という意味でのピル」を英語で使ってみた経験があるからかもしれません……。
今日『教えて私の「脳みそ」のかたち』を読み終えて、試しに一度リタリンを服用してみたくなってしまいました。わたしの主治医は賛成しかねると言うでしょうが、自分では試してみる価値がありそうな気がしてきました。
(娘のことを心配しているはずなのに、興味がいつの間にか自分の方へ戻ってきてしまうあたりが、わたしらしいです……苦笑)
I wrote:
> という訳で勇んで調べにかかったのですが、山形はうまく見つかりま
>せんでした。申し訳ありません。
あ、山形にもLD親の会があることが確認されたのですが、HPを持
っておらず、この掲示板に情報を載せるのは避けた方がいいような雲行
きです。必要があれば岩手のLD親の会に確認してみてください。
こうもり wrote:
> 親同士のつながりもけっこう大切です。ちょっと、山形地域の支援
>組織を検索してからコメントしますので、しばらくお待ちください。
>では
という訳で勇んで調べにかかったのですが、山形はうまく見つかりま
せんでした。申し訳ありません。
でいちおう戦果だけ報告しておきます。
LD親の会けやきのサイト内
http://www.ne.jp/asahi/hp/keyaki/HTML/LINK/L_01.html
LD親の会は自閉圏やADHD圏の子供たちの親御さんがけっこう
出入りしていて、LD以外の情報も充実しています。親の会のリスト
を見ていたらASやADHDの親の会のサイトまで紹介してくれてい
ました。(なんか丁寧だな〜。)そんな訳で軽度発達障害児(この言
い方は嫌いだ。当事者やその家族の切実さを無視しているから)親の
会全般のリンク集のようになっておりましたので、ご確認ください。
けやきのHPは発達障害に関する様々な情報を網羅しているという意
味ではご家族の方にお勧めのサイトです。
わたしが確認した限り、山形に近いところでは岩手にLD親の会,
青森にえじそんくらぶ系の支援組織がありました。
他にはサイト紹介です。
ことばと発達の指導教室
http://www4.justnet.ne.jp/~ma2ma3/link.html
親御さんの立場から悩みを語り合いたい場合は、ここの掲示板
が特にお勧めです。以上です。
さてと、元の活動に復帰するぞ、と
という訳でこうもりです。
ごまどうふさん wrote:
>こんな状態で、医師にいろいろアドバイスされても動けない引きこもり
>状態です。かといって暗い状態ではなく、一人で、本屋に行ったりする
>のがすきです。
う〜ん、これ微妙ですよね。わたしも20代中盤頃に引きこもりを疑
われたことがあったのですが、けっきょくそうではなかったようです。
決定的な違いは一人ぼっちでもそれほど葛藤することもなく、むしろ居
心地がよかったと感じていたことでしょうか。自閉ではなく引きこもり
の人の場合、仲間がいないということの焦燥感が非常に強いのだそうで
す。今でも一人で過ごせる時間はなるべくたくさんあった方が落ち着き
ます。
これについては家族以外との交流がほとんどないというのは問題だが
、時間を決めて一人で過ごせる時間を確保してやった方がいいというこ
とは言えるかもしれません。
>本人は、あまり病識がなく、将来に対する漠然とした不安はあるにせ
>よ困っていない。
自助組織と支援組織の違いから説明していきましょう。自助組織は
発達障害当事者(つまり本人)が自主運営する組織で、仕事,生活,
家族関係の悩みなどを話し合う場。本人が自分の障害を自覚していて
それに対して何らかの問題意識を持っている場合は役に立つのですが
、そうでない場合は役に立ちません。逆に障害関連の話題が頻繁に飛
び交ってしまうため、自覚のない当事者を不安に陥らせてしまう危険
性があります(残念ながらわたしが参画している発達障害相互支援ネ
ットワークはこちらに属する)
で、支援組織(主に親の会)の方ですが、青年部を持っている組織
があって、発達障害青年のデイ・ケアなどを行っている場合がありま
す。そういう訳で、ごまどうふさんの地元でこういうものがないかを
探してみる必要があるでしょう。
>山形県の鶴岡で、当事者の会や、親の会もなく、孤立しています。
>何か共有しあえるような仲間がいれば少しは心強いのですがとにか
>くなやんでいます。
親同士のつながりもけっこう大切です。ちょっと、山形地域の支援
組織を検索してからコメントしますので、しばらくお待ちください。
では
急に、自炊って安上がりだし、帰ると鍋に食べ物が入っているのはうれしい!と思ってヤミ鍋を作り始めたのはいいが、もうそれを、4日も食べていないのはどうして? 毎日火は通しているのだけれど。わたしって、いったい何を食べているの? どうも、自分が精神的にちょっと具合が悪いのか空腹なのかの区別がついてないときがあるようだと、この頃、薄々気がついてきた。中学生のときから十数年、立派な摂食障害(過食嘔吐型)だったのに、あれは何だったのか。自分でも不思議。
私は、自閉的傾向がある(アスペと強迫神経症)の真ん中ぐらいだと2年前に診断を受けた26歳の娘を持つ母親です。短大を卒業後就職をしたとたんに二次症状を起こし病院にいきました。現在セロクエルとパキシルを飲んでいます。
こだわりが強いこと。対人関係がうまくいかないこと。会話が続かないこと。時間通りに動けないこと。昼夜逆転している。肥満である。(食欲をコントロールできない。)一日中テレビ三昧で、ゴロゴロしている。こんな状態で、医師にいろいろアドバイスされても動けない引きこもり状態です。かといって暗い状態ではなく、一人で、本屋に行ったりするのがすきです。本人は、あまり病識がなく、将来に対する漠然とした不安はあるにせよ困っていない。わたしは、一緒に生活するうえで、長期に及んでいることもあり、今一歩が踏み出せなく困っています。山形県の鶴岡で、当事者の会や、親の会もなく、孤立しています。何か共有しあえるような仲間がいれば少しは心強いのですがとにかくなやんでいます。 母。
どうもありがとうございました。asmanさん。
asmanさんwrote:
>私の場合は、自分の障害を周囲に積極的にカミングアウトしております。
(中略)
>直接職場の上司に(診断される直前に前任者から入れ替わり来た人でA
>S以外の障害が悪くなる前から私の事を知ってる人でした)面と向って
>2人で話す事が怖いので会社の保健婦さんを同席して、今までの色んな
>言動や行動などについての原因はASと言う障害の為でと言う事や、仕
>事においての問題点なども話して(責任能力の無い事や、自己判断能力
>が無い事、言動や行動についてなど)上司は理解して下さいました。
なるほど、ちょうどその保健婦さんがジョブコーチみたいな役割を果
たしてくれて、職場内の環境調整なんかもしてくれたんですね。とても
いいケースだと思います。わたしが参画している自助グループとかML
には逆にASであることを告知したために職場にいられなくなってしま
った人も多く、けっこう公表には慎重になってしまっています。(現行
制度で障害手帳などを取得できる可能性のある人が少ないという事情も
ある。)
でも、個人的には特に大人の障害者支援で一番重要なのは環境調整だ
と思っています。でもこれは周囲がASを理解する環境がないと不可能
なんですよね。この辺りにこの掲示板に来ている多くのメンバーが抱え
る苦悩があります。
>それが診断を受けることだと思うし、当たり前だと思っていますので。
支援という観点から見ると、AS,ADHD,LDなどの発達障害は
弱いというのは理解できます。診断だけがあって、公的支援がないとい
う状態と言ってもいいでしょう。また、これらの診断が当事者(障害者
本人)を保護する機能を果たしていない(逆に危険視されてしまう場合
さえある)というのも確かに問題です。
けっきょく、発達障害支援ネットワークではまずシロさんが言うよう
な所属を作ってからその事について話し合うようになりました。シロさ
んもよくオフ会に遊びに来ますが、当然それだけで十分だとは思ってい
ない様子です。asmanさんから見ると遠回りな道かもしれませんが
、AS,ADHD,LDの社会的理解を求めるような活動も地道には続
けております。時間がかかるかもしれませんが、気長に待ってやってく
ださいまし。
>こんな感じで少しわかっていただけますでしょうか?
納得できました。本当にお忙しいところありがとうございました。
(皆様へ)
asmanさんが誤解されないように言っておきますが、asman
さんは発達障害相互支援ネットワークのメンバーではありません。むし
ろ、シロさんの方がネットワークでの関わりは長いです。
わたしの不届きな行動で色々な疑惑が飛び交ってしまい申し訳ありま
せぬ。では
質問にお答えしながら、わたしの考え方を更に書いてみます。
asmanさん wrote:
>軽度とか重度とか一体何を基準にされているのかわかりません。
>仕事について社会生活をしていれば軽度なのか?結婚して家庭生活をしていたら軽度なのか?わたしはそうは思いません。
シペラスさんがIQを基準とした分類を提示していらっしゃいましたが、わたしは、先程の投稿をしたとき、IQを特別に念頭において軽度という言葉を使っていませんでした(IQに関しては、大雑把に「知的障害がない」という程度のことだけ考えていました)。「仕事について社会生活をしている」「結婚して家庭生活をしている」ならば軽度だとは、わたし自身も考えていません。わたしは、先程の投稿で、「発達障害が気がつかれにくいこと(時には発達障害が専門でない医師にも)=軽度」という意味で、軽度という言葉を使いました。
>仲間に確認って具体的にどういうことでしょう?
>例えばASだと診断されてる人間が「自分と照らし合わせてみて、貴方はASじゃないんじゃないの?」ともし言えばそれを受け入れる事が出来ますか?
>仲間に確証してもらうということはそういう事なのではないでしょうか?
>それをもし「いや。そんなはずはない!自分は自己診断したらこれだけ当てはまるのだから、他人にとやかく言われたくない」と思えばそれはどうなるのでしょうか?
実はこの点、わたし自身も「仲間に確証してもらう」という表現を使っておきながら、そうすると、asmanさんが書いておられたように「貴方はASじゃないんじゃないの?」と言われてしまう場合もある(排除も起きる)だろうし、また、そう言われ人が反発をする場合もあるだろうし、果たして適切な表現だろうかという疑問がありました。
しかし、わたしが「仲間に確証してもらう」という表現を使ったのは、ASや自閉症スペクトラム障害について情報を求めて英語圏のサイトやメーリングリストを読んでいたときに「self diagnosed and peer confirmed」という表現(例:自分は正式な診断 official diagnosis はないけど、self-diagnose をして、peer に confirm してもらっているよ)という表現に何度も出会って、「なるほど、そうやって生きている人、そうやって自分の発達障害を語っている人、そうやって自分の発達障害を納得できている人、そうやって堂々と自分をASなりPDDなりADDと語っている人もいるのだな」と知ったのです。そして、専門家の診断(公式な診断)を受ける必要が必ずしもないし、そこに非常にこだわることもないという姿勢を教えてもらった感じがしました。そしてその姿勢をわたしは気に入ったので、「自己診断をして仲間に確証してもらう」というあり方を、ここではあまり語られていないようなので、この掲示板でも伝えようと思ったのです。
でも確かに、「確証してもらう」という受身系の表現には問題があると、わたし自身も考えます。日本語として、違う表現を考えたほうがいいかもしれません。
わたしとしては、同類は同類をわかるという面がある。その体験をすれば、わざわざ医師に診断をしてもらわなくても、仲間(同類)によって(ああ同類だなと思うことによって)自分が何であるかが自分で納得できる、ということを、peer confirmed の意味だと考えています。それには、ネット上(文字だけ)よりも、直接会ってみるほうが、その場の空気全体を通して丸ごとの体験ができるから(例えば、オフ会に参加して黙って皆の姿を見ながら、ああ、この場・この空間は自分にとって居やすいな…、という体験ができるとか)より有効だと思います。
>確かに仲間に確証して貰う事は悪いことではないと思いますが、じゃぁそれから先一体何をどうして行くのでしょう?自分で納得してそれだけでいいのでしょうか?
そこからは個人差があると思います。それで安心する人もいるだろうし、それだけでは足りない人もいるだろうし、人それぞれだと思います。
>私はリンコさんじゃないし、それこそ色んなASがいる中の1人であって、実際自己判断で周囲の人に自分の生き辛さを説得する事が出来ますか?私はそうは思いません、実際他の障害の事で色々大変な思いを経験したりしていますし。とかく世間の人は曖昧なことに対して(はっきり診断されてもです)受け入れる事はしないと思います。それは今こうして書かれている人達が多少なりとも感じてることだと思うのですが…
「自己判断で周囲の人に自分の生き辛さを説得する事」は絶対にできないとは、わたしは思いません。でも、医師によって診断されているほうが、遥かに、というかまだしも、発達障害についてよく知らない人(世間の人)に自分の困難を説明しやすいと思います。わたし自身もそうです。広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害)という診断を、WAIS-Rをした上で正式に貰ったことで、他人に対してかなり堂々と自分の困難を伝えられるようになりました。「専門外来で検査をして、そう診断された」と言えるので。
>診断されることはゴールではなくてスタートだと思います。
わたしも、そう思います。
わたしは診断されたことで、かなり安定しました。自己理解が進みました。診断されていく過程の中で動揺もありましたが、最終的には自己受容・自己肯定がよりできるようになりました。診断探しの時期がようやく終わった、つまり、精神的バランスを崩さないよう自分の生活を組み立てていく際に気をつけるポイントについての枠組み(参照枠)を貰えたから、「PDDの自分として、これからの人生をどう生きていけばいいのか」ということを、やっと考えられるようになりました。
>大変だ大変だ、辛い辛いと言われてもだから一体何なのか?と云う事がそこから書き手が何を求めているのかわからないんです。ただ自分を納得させる為に書いてるだけなのか?助けを求めているのか?そういう事はわたしにとっての「曖昧な事がわからない事」と申し上げておきたいと思います。
これについては、RCさんがA〜Dまで分類していることが、参考になるのではないかと思いました。実のところ、わたしはぺんぺんさんに共感するとか、あたたかい言葉をおくるとか(RCさんのおっしゃるところのBまたはD)、そういう意識はありませんでした。わたしとしては、asmanさんが「専門医でないと診断できない」と書いていらしたので、それへの異論を書いたつもりでした(RCさんのおっしゃるところのC)。でも結果的にぺんぺんさんがわたしが書いたことでうれしく感じられたのなら、それはそれでよかったなと思いました。
《アスペルガーの館》に戻る /
新しいアスペルガーの館の掲示板
EWBBS.CGI 改 (WZ BBS対応 Web掲示板 T.Ikeda改 +
s.murakami改)
© 1998 y.mikome, T.Ikeda, 1999 s.murakami